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「サウスポー」関連・補遺

 阿久悠さんのエッセイ本「愛すべき名歌たち」到着。
 該当箇所を見てみたけど、自分の知っている話はこのエッセイだけの情報ではなかったっぽい。とりあえず大筋の経緯は同じです。スタジオでスタッフが待機……という話は、どこか別のエッセイだったか、ライターの記事か、あるいはTV番組か。ディレクター氏が来たのは、阿久さんが仕事部屋にしていたマンションの部屋だったとのこと。そして工場締め切りまで24時間しかなかったのは同じです。(当時のピンク・レディーは初回80万枚だったそうですw)
 あと面白いのは、後に王貞治さんに、曲のことでお礼を言われたそう。(没曲には、一本足打法の打者は出てこなかったとのこと)

 ピンク・レディーは、活動時期が’76~81年で、しかも後期はアメリカでの活動の力を入れていたので、実質的に70年代後期に活躍したグループといえそう。
 今回気付いたことが2つあって、ピンク・レディーの曲も’70年代サウンドだったということ。同時期、冨田勲さんはシンセサイザー作品を発表し自分はリアルタイムで聞いてましたし、ウェザーリポートもこの頃が最盛期でやっぱり聞きまくってました。
 洋の東西はあれ、この時期は本当に音楽がひとつ頂点を極めていたんですね、当時はそんなことは判らなかったが。

 そして、ピンク・レディーのビートを強調したポップな楽曲、歌いながら踊るスタイルというのは、実はすごく新しかった。(女子&児童からの支持が物凄く大きかった印象、皆振り付けを真似て踊ったのでw)
 そしてこのスタイル、「誰か」を思い出しませんか? そう、マイケル・ジャクソンですよ。ポップスのパフォーマンスにダンスを持ち込んだのはマイケルだと言われますが、同時代にピンク・レディーもやっていたんですね。(もしかするとちょっと早いかも?) 今では当たり前になった光景ですが、彼女たちがその走りといえそうです。

昭和の立看板物語~ピンク・レディー(2)

 前回の続き。
 ご存知の方も多いでしょうが、ピンク・レディーはデビュー当初から作詞・阿久悠さん、作編曲・都倉俊一さんという、ゴールデンコンビで大ヒットを連発していました。だから「サウスポー」もお二人の手になる曲なのですが。それについて、阿久悠さんが意外な秘密をエッセイで明かしておられたのですね。
 もう時効だから書くけど……みたいな出だしだったと思います。ピンク・レディー解散後10年は経っていた頃かなあ。

 いいですか、皆さん、心して聞いてください。たぶんこの話あんまり知っている人はいないと思う。「サウスポー」は、作詞・編曲・レコーディングから、ミックスダウンまで、つまり楽曲制作のほぼ全ての過程を、なんと24時間で終らせた曲だったのです。
(たぶん直前の作曲作業まで含めても、48時間掛かっていない…)
 マスタリング(当時はレコードなので原盤製造機で物理的に「盤」を作ったはず)まではどうだったか記述はなかったと思うが、工場にマスターを納入したところで説明が終っていたので、そこは任せたかも。
 あのミリオンセラーの大ヒット曲が、そんな短い時間で作られていたなんて……。ね、驚いたでしょ? 何度あの曲聞き返してもそんな火事場のような状態で制作されたとはわかりません、楽曲の質はどこをとっても超一流の仕事で非の打ち所はない。それが、ねえ……。阿久悠さんの言葉でなきゃ、自分も信じないと思います。
 なんでこんなことになったのか。なるべくエッセイの内容を思い出しつつ、書いてみます(細部が違っていたらあらかじめお詫び)。

 ピンク・レディーのプロジェクトもすっかり順調で、新曲も制作し終えて、阿久悠さんはある日自宅で寛いでいたそうです。そうしたら、夜になってプロデューサー氏がやってきた(お名前失念、面目ない。以下P氏とします。ディレクターだったかも?)。そこで衝撃的なことを告げられるのですね。実は、もう新曲のレコード工場締め切りまで24時間しかないが、今回の曲にどうしても納得できなくなったから、今から作り直して欲しいと……。
 仰天ですね。阿久さんもさすがに面白くなかったそうです。が、P氏が言うには、もうスタッフ全員説得して、スタジオで都倉俊一さんやピンクレディーの二人、そしてミュージシャンやエンジニアが全員待機している、というのです。ここまでされたらやるしかないですね。都倉さんが急遽作ったメロもできていて、用意周到持ってきていた。

 それで覚悟を決めて、徹夜で歌詞を書いたそうです。書きあがったのは明け方。メールどころかFAXすらない時代なので、バイク便でスタジオに歌詞を送った。

 スタジオでは、届いた歌詞を元に都倉俊一さんが大車輪で編曲作業をする。出来上がったメロディと歌詞を持って、ミー&ケイさんは別スタジオで歌の練習。出来たアレンジのパートから即演奏してレコーディング(ストリングスやブラスはパート譜もいるので、助手が書き起こしたり、ってこともあったかも)。それをエンジニアがミックスして……と、全スタッフ本当の不眠不休だったそう。流石にミー&ケイさんは、合間合間に休んでいたそうですが、でないと声も出なくなるもんね。
 それで歌入れがあり、レコーディングが終ったら、ミックスダウンして2mixが完成(これがマスタリング前のいわば「仮マスター」)。無事締め切りまでに工場にマスターテープが送られました、ここまで24時間だったそう。

 綱渡りというかなんと言うか……これを読んだ時の自分の感想は「全員超人か!?」でした。それがあの特大ヒットにつながるんだから……。単にミリオン行ったというだけでなく、当時は本当に日本人なら誰でも知っている曲でした。(まあ、ピンク・レディーの曲は全てがそう、なんだけど)

 阿久悠さんが書いておられたのですが、当時は面白くなかったが、それでも後で冷静になって考えたら、没になった曲はちょっと守りに入っているような面もあって、出来は悪くはなかったがあんな大ヒットには繋がらなかっただろうとのこと。

 まあ、それでもこの件で本当に凄いのは、プロデューサーの方ですね。なぜか締め切り直前に、今のままじゃダメだと判ってしまった。そこで普通やり直しさせるか……と思うんだけど、この制作陣・ミー&ケイさんなら、短時間でもっと良いものが出来ると信じていたし、分かっていた。見事にそれに全員が応えたわけですね。丁半博打というか、出来ると信じていたから博打ではないんでしょうけど……。万一前より悪くなったら責任問題なので。プロデューサーの権限の大きさと同時に、責任も大きいんだなぁと、エッセイを読んで音楽マニア時代の自分は感心していました。

 以上、昭和の時代の偉大な業界の物語でした。おっと、立看板はどこへ行ったかって?
 そこで最初に戻るのですが、中学生の自分が「サウスポー」の立看板に覚えた違和感。そこへこのエッセイが繋がるのです。つまり、気のせいか「時間(準備)不足」と感じたのは、実は正しかったのだ、とw こんな締め切りギリギリに上がった曲では、じっくりポスターの写真を撮る(&企画を練る)時間もあるわけがない。どうですか、なかなか鋭い子だったでしょう?……ということが言いたいのではなく(汗)、この「サウスポー」の偉業をぜひ広めたいと思い、書いた次第です。

(例によってWikipediaを調べてみたら、この没曲はなんと阿久悠さんのCD-Boxに入っているらしい。一部がCMに転用されているとのこと。没曲もサウスポーというネタだったと書いてあるが?w やはり中学生の眼力はこんなもんか(呆)。でも撮り直した可能性もあるしなあ。一応、ディレクター氏のお名前も書いてありますが、エッセイではどうだったか確認できないので、今回はこのままにしておきます。若干経緯も違うようだ、阿久さんのエッセイ本を突き止めたので現在到着待ち)

(今回、当時のジャケットやポスターの画像を検索してみたが、どうもどれも違う気がする……。宣材ってたくさん撮られますからね)

昭和の立看板物語~ピンク・レディー

 少し前にこのブログで、昔あった繁華街の小さなレコード屋さんのことを書いたけど、それ関連の別の話。駅前の超一等地、しかして戦前からある長屋みたいな建物にずらっと間口の狭い店が並んでいる場所でした。その中の一軒がうちが出していた店で、隣がレコード屋さん。年中ヒット曲を流していて、自分も親の店を手伝いに(冷やかしに?)に行った時は、それを聞いていて、流行歌は自然と覚えてしまっていた、今となってはそれが役に立ってるなあ、という話。
 覚えたのは曲だけでなく、このお店は立看板をいつも出していたので、ヒット曲や売り出し中の歌手のポスターはいつも貼ってあり、子供ながらいっぱしの立看板ウオッチャーにもなってしまっていた(w)。

 ピンク・レディーがデビューした時は、自分は中学生くらいでしたが、「おっ、このお姉さんたちは売れそうだな」と、立看板を見ながら思ってた(本当よ?)。もちろんレコード会社の猛プッシュがあったので、よく流れてましたよ「ペッパー警部」。ご存知のようにその後も大ヒットを連発していくわけで、その度に看板のポスターも貼りなおされていくわけですよ。宣材の変遷を常に見ていたんですね。
 で、ある時、ピンク・レディーの新曲のポスターを見て、なんだか得も言われぬ違和感を覚えたのです。曲はあの「サウスポー」でした。発売当初から爆発的な大ヒットになっていくのですが、どうもこれがなんだか変。ミーさんとケイさんが野球帽にピンクのユニフォームでグローブとボールを持っている(かどうか?)構図だったと思う。有体にいうと、どうもこのポスターに若干の「時間(準備)不足」感を感じ取ってしまったのです。もちろんお二人はアイドルで当時売れに売れているから、凄いオーラでしたが、むしろ衣装やライティング・構図などがそのレベルに追いついてない気がした。ずっとピンクレディーの宣材を見てきたからわかることです。何でだろう、まあ自分の勘違いだろうな、などと当時は思ってました。

 まさかその理由が意外なところにあり、それを後年読むことになる阿久悠さんのエッセイで知ることになるとは、その時は夢にも思いませんでした。確か朝日新聞夕刊の連載だったはず。阿久悠さんは作詞だけでなくエッセイも多数発表されていますからね。
 長くなりそうなので続く。

10月の時事雑談

 急に寒くなったなー、と思っていたらまた気温が上がってきました。電気ヒーター出したり扇風機に戻ったりと実に慌しい。例年11月は個人的に大きく体調に崩しやすいので今から気をつけてます。しかし音楽制作やっていると不思議と生活にリズムが生まれますね。体調悪いと集中力下がって能率ガタ落ちなので自然と気をつけるようになる。面白いもんです。

 久々に社会ネタ、ガースー政権になって急にデジタル庁だハンコ廃止だとかいう話が出ていますが。ハンコの全面廃止には絶対反対、通販で荷物を受け取る時、ハンコほど便利なものはない。サインなんて面倒臭いよね、認め印押すだけなら一瞬だし。最悪なのは以前も書いたが、佐川のスマホ液晶画面に手でサインさせるやつ。ベトベトなんだよねあれw 流石に評判悪かったのかコロナ前に止めちゃったけど。政治家のセンセイ方は自分では荷物受け取ってないからな。デジタル認証もハッキングの危険があるし(ドコモ口座をみよ)、お年寄りにはそんなもの使うのは無理。本当はこういうことは保守である(はずの)自民党が一番気付かなくなくちゃいけないのに。相変わらず利権にしか目が行ってない。
 デジタル庁も危ないぞー、自民党のことだから、中国みたいに国中に監視カメラ置いて、顔認証とスマホ追跡で、リアルタイムで全ての国民の行動監視が最終目標だったりして。あの中国のシステムは独裁国家にとっては夢のような管理ツールですからね。こいつらは国民の利便性なんか全く考えてないよ、圧政を敷きたいだけ。(もちろん政治家や上級国民だけはモニターされない忖度システムだろう)

 日本学術会議への突然の圧力も不思議、なんで日本の伝統や良さを破壊するようなことばかりするんだろう? 右・左といった話は置いといて、これが「日本を愛する」はずの保守がやることか? 終身雇用制を破壊し、派遣ばかりにしたのも自民党の小泉・竹中政権でした。バブル後の後始末を強引にやったかと思ったら、いつの間にか強大な外資が日本で自由に動けるようにしてしまった。これって売国じゃないかなー不思議だなぁ(呆)。安倍ちゃんに至っては国の借金ジャブジャブ増やすわ、ロシアに北方領土を進呈するわ、あげくコロナを進んで招き入れた。ちょっと思い出しただけでこれだけ滅茶苦茶やってきている。よく国が潰れませんね。いや、もう流石にかなり弱体化しているよね。今日本は先進国の崖っぷち、あと半歩で中進国くらいまで落ちぶれる。GDPも中国にとうに抜かれ(これは国力差もあるが)、韓国にも来年あたり抜かれるって予想。失政のせいばかりとは言わないが、これってどうなのよ。なのに私腹を肥やすことだけは熱心なんだよね。
 どうなるのかなあ、例え民主党政権になっても、官僚は変わらないわけだから、彼らの利権に触れようとすると、前回のように検察を使って微罪で摘発して政権打倒の方策に出るんでしょう(小沢一郎なんて、あれだけリーク報道で悪役に仕立てられて、結局最終的に何の罪も立証されてない、無罪だったんですからね)。
 結局、僕ら国民一人一人が奮起しないと、何も変わらない、ずっとこれから日本は坂道を転げ落ちてゆく。武器を持って革命を起こせって意味じゃなく(w)、意識の持ち方として、国なんかに頼らない独立独歩の気質が求められるんじゃないだろうか。もちろんその意気を政治の改革に求めることも必要だけれども。
 なんか似合わない大言壮語になってしまった。どうせ床屋政談なんで軽く聞き逃して下さい。

 そういや、2~3日前、テイラー・スウィフトがはっきりとトランプを非難してバイデン支持した、ってニュースがありましたが、海外のアーティストは稼ぎも凄いが見識も一流ですわw この人カントリー出身だから、ファンは共和党寄りで、民主党支持を表明するとビジネス的には良くないんですね。それがここ何年かはっきり民主党支持を表明してますから(民主党なら何でもいいわけではもちろんない、ヒラリーなんかウォールストリートとズブズブだったんだから)。
 ま、トランプは最悪だけれども、確かに「忘れられた人々」(低所得の白人肉体労働者)を掘り起こしたんだから、まだまだ選挙結果はわかりません。にしても大統領がコロナのスーパースプレッダーって、なんかのギャグですかw 明日のことも予想できない激動の世界情勢。北朝鮮が大人しいはずだ……影武者くんはもうヤル気ないか?w

 最後に、ミュージシャンが見て面白いアニメがないとお嘆きの紳士淑女の皆様へ。『坂道のアポロン』(全12話)をおススメ。萌え少女もロボットも宇宙も出てきません。昭和な高校生ジャズ友情物語。演奏シーンは実際の演奏動画から描き起こして超リアル。原作女性なのでちょっとBLっぽくはあるけれど、主人公(優男ピアノ弾き)が彼女の前でいいところを見せようと「降りてこいビル・エヴァンス」と心中呟くシーンには(悪いけど)爆笑しました。そんな話です。

深夜のムード歌謡

 ムード歌謡大全集みたいなCD-BOXを買ったんだけど、これを深夜にちょこちょこ聞いています、一度に3~5曲くらいづつ。いまBOXの半分くらいを聞いた。こういう時にヘッドフォンで一人静かに聞くムード歌謡の味はなかなかに格別で、実にいいんですね。上質のお酒を味わってるかのよう。
 「夜」の音楽そのもの、といえるかもしれません。以前も書いたけど本当に大人向けのPOPSだと思う、R40くらい。

 で、コンピなので様々な歌手の(アーティストというより歌手というのがしっくりくる)、様々な年代の曲が入っているわけですが。古いのはモノラル録音でたぶん60年代くらいから、新しいところでは80年代まで(このあたりが衰退期)。
 さすがにモノラル時代のものは、戦前から続く日本の歌曲系の伝統を強く感じるものが多いが、フランク永井さんの曲なんて、モノでもぐっとお洒落で洋楽っぽい。もしかしたらアレンジも含めて、当時は革命的だったかもしれません(たぶんそうですね)。山下達郎さんもフランク永井はお好きでしたね(コラボ作品まである)。
 面白いアレンジの曲もあって、おおこれは勉強になるなーとか、美しいメロや歌詞があればブックレットを見て作家さんの名前を確認したり、忙しいったらありゃしない(笑)。ちゃんと静かに集中して聴くよう心がけてはいますが。

 で、ここまで聞いた中で声を大にして言いたいのですが、八代亜紀さんの歌。続けて2曲入っていたのですが、もうその間中、ブックレット見るのも忘れてCDコンポの前で凝固ですよ。凄まじい歌唱力、なんと表現してよいか、もう深淵の表現力。通常の歌唱っていう次元じゃないですわ、この方は。完全に引き込まれてました。今頃ほんと勉強不足ですが、こんな素晴らしいボーカリストでいらしたとは。これは売れるわけですわ(w)、ファンの方々はちゃんと解ってたんだな、と。やっぱり大スターって違いますね。興味のある方は絶対CDでじっくり聞いて欲しい、配信なんかじゃ伝わらないこの表現は。

 そしてあのテレサ・テンさんの曲もありました(あの、って言っても最近は通じないかもなあ)。声質も非常に良いし少し外国訛りが入るから、エキゾチックで実にいいんですね。そしてアレンジやミックスが完全に洋楽! もうあと2歩3歩でシティポップですぜ、これ。歌詞なんかも実に深いし(もちろん一流作家の手になるもの)お洒落で儚く美しい。3曲入ってましたが、当時を思い出しつつ、今聞いても全然オッケーだな、と。(テンさんは元々アジアで大成功したあと、日本でもデビューしたんだそうですね)
 ちょっと面白いのは、ボーカルにほぼコンプを掛けないで録っているらしいこと。声のダイナミズム、息づかいがそのまま残ってる(その分、伴奏に埋もれて聞きづらい箇所もある)。たぶん歌唱を活かすのに最良だったのでしょう。

 なかなか、ムード歌謡というジャンルは奥深い。まだまだ潜れそうです。
 これが消えたことで失われた、あるいは忘れ去られた歌の世界はとても大きいと思えます。

「東京待ちぼうけ」Amazonで1位

「東京待ちぼうけ」ですが、昨日のアマゾンデジタルミュージックランキング(演歌・歌謡曲・その他邦楽)で5位を獲得しました。同ロックで18位。
 そして、新着ランキング(演歌・歌謡曲・その他邦楽)で堂々の1位。終日この状態だったようです。現在の新着で2位。
 皆様の変わらぬ暖かい応援に感謝します。

14番目のツンデレ

 ようやく荒井(松任谷)由実さんの「中央フリーウェイ」をCDで堪能(アルバム「14番目の月」収録)。以前も書いたがシティポップの名曲です。
 お洒落でシックでたまらんですわ、不安定なメロディラインがふわふわした恋のときめきを暗示してるんだな、とか。アレンジのセンスの良さはもう言うまでもないし。
 一個、ミキシングで思ったのは、結構パーカッションが大きめにしてあるな、ってこと。ビブラスラップなんて「カーン」って入ってる。

 アルバムのレコーディングメンバーを見てのけぞったよ、ギターは松原正樹さん&鈴木茂さん、パーカッション斉藤ノブさん。キーボードはもちろん松任谷正隆さん、細野晴臣さんが面白い楽器で参加してる曲もある。後年の作品で名スタジオミュージシャンを起用していたのは知ってましたが、この頃からもうそうだったんですね。
 コーラスは山下達郎さん、吉田美奈子さん、大貫妙子さん…他にも凄い名前が並んでいます。いやちょっと待て…w

 いやー、これはもっと早めにちゃんと聞いておかないといけなかった。自分みたいな(元?)音楽マニアって、根っからのひねくれ者で、みんなが聞いてるユーミンなんて今更聞けるか……なんて思ってるんですよ。なるべく人が知らない曲を聞いて名曲名演を発見したい、みたいなね。身に覚えがある人もいるでしょ?(笑)やはり人がいいっていうものは一回は聞いて確かめるべきですわ。
 とりあえず、ちゃんとCDボックス買いました。「荒井由実 / Yumi Arai 1972-1976(5CD+DVD)」

 その中で最初に聞いたこのアルバム「14番目の月」ですが、良曲揃いでうかうかしていると頭から聞いて止められず全部聞いてしまいます。1曲目冒頭の松任谷正隆さんの強力なピアノ、こりゃマイケル・マクドナルドあたりを彷彿とさせる音。
 そしてユーミンの歌詞とメロディのコンビネーションの非凡なこと。時に、その歌詞には文学的ともいえる美しいイメージが散りばめられ、聞いていてドキっとさせられます。ほんと今更だけど、目も眩むような才能の輝き。これで二十歳そこそこだったのだから、なんと形容すればいいのか。1976年、ため息が出ます。

 このアルバムの発売直後くらいにお二人はご結婚されるのですが、最初ユーミンさんは結婚後引退を考えていたらしい(wikipedia情報)。ここだけは自分をおわかりでなかったと思う、このレベルのクリエイターがおいそれと引退できるわけがない。その後の活躍はもう言うまでもないですね。
(お二人はだから、もちろん音楽家として全てを認め合ってご一緒になられたのでしょう、ロマンチックなお話です)

 アルバム「14番目の月」はしかし、決してシティポップ作品というわけでないのです。バラエティに富んだ曲が入っています、売れ線系ロックもあり、フォーク的なアプローチもあり、クラシカルな曲もあり。もちろん全体的に統一感はありますが。非常にお洒落な感じなのは事実、これ’76年に聞いた人はどう思ったんだろう。このセンスには、虜にされたんじゃないだろうか。

 さっきパーカッションのミックスのことを書いたけど、(フィーチャリング)ピアノの録り方もいまと違っていて、そこは違和感がある。なんとモノラルで録っているんですね(今は普通ステレオ収録)。当時はまだスタジオの録音機材はアナログテープの時代で、16chか下手をすると8chかもしれない。それでトラック数が足りなくなると、トラック間でピンポン録音して空きを増やしたそうで。その分、音は悪くなったりする。(実際、このコーラスはそうだな、とわかる箇所ある)今はデジタルでトラックは事実上無制限ですが、そんな事情でトラック数節約のためかもしれない。

 ところで、アルバムで一番意外だったのは、ユーミンさんの声がチャーミングでカワイイってこと(w)。口はばったいけどこりゃツンデレお嬢さん系ですね、かなりデレ成分の濃い。(←少なくともこのアルバムでは?)

 ボックスの他の4枚を聞くのが楽しみになってきた。また何か発見したら書きます。音楽制作をやっている人間だったら、今の音楽から失われたものが見つけられると思います。(配信なんかで聞いたらダメよ)

Zガンダム~主題歌の秘密

 今回は「機動戦士Zガンダム」の主題歌の話。いわゆるアニソンですね。当時は珍しかったと思うけど、OP曲が前期と後期で変わるのですね。(EDは通期同じ)

 前期が「Ζ・刻を越えて」という曲で、歌は鮎川麻弥さん。驚くなかれ、これ作曲はニール・セダカ。そう、あの往年の洋楽の大スターです、「おお!キャロル」や「恋の片道切符」の。びっくりでしょ?(作曲家としても活動) しかも当時も思ったけど、このテーマ曲、アレンジが滅茶苦茶カッコイイんですわ。キメキメのシンセのリフが入るわ、ストラトのカッティングにハイパワーのブラスセクションがくるわ、今聞いても(テンポこそやや遅いが)ハマってる。歌詞は富野監督節が炸裂ですね。(アレンジは渡辺博也さん)。
 エヴァンゲリオンも主題歌が滅多やたらにカッコよくてアニソン革命起こしたと言われてるが、そんな面でもやっぱりゼータの方が早い。
 ED「星空のBelieve」もやっぱりニール・セダカ。これまた非常にEDに似つかわしい曲でスルメ曲。
 当時はわからなかったけど、今にしても思えばこれまたバブル時代の予算のなせる業だと……。

 と、まあそんなことを思っていたんですよ、つい先日までは(w)。今回この記事を書こうとWikipediaを調べてみたら驚愕の事実が。この2曲、ニールセダカ作曲ではあるものの、なんと彼の過去のアルバム曲だったというのです(!)。ええ~?そ、そんな……。これだけ大プロジェクトのアニメに、そんなリサイクルを? いくらなんでもガセだと思ったが、曲名をYoutubeで調べたら、なんと「その曲」がありました。ずばり、ゼータのOPとEDでした。ひ、ひでえ……(笑)。どうしてこうなった。
 当時の事情は関係者にしかわからないけど……。普通はこういうことはしないよなあ、と。なんか余程の事情か?

 完全な憶測だけど、曲の発注が締め切りまでタイトで(業界でありがち)、向こうさんが無理だから過去曲でどう?って言ってきた可能性はある。ニールセダカ起用は、富野監督のリクエストだったと、どこかに書いてありました。監督世代だと、セダカはずばり青春の音楽だったでしょう。
 ま、原曲はアニソンぽさもキメっぽさもないから、これはアレンジャーの方の腕が素晴らしかった、というしかないのではないでしょうか。完全に世界レベルのアレンジと演奏っすよ。(Bメロのブラスのクレッシェンドなんか最高!)
 いやーバブル怖いね、この時代はフュージョンも世界進出していたし、日本の音楽が一個頂点を極めたのは間違いない。

 で、まあ以上が前期OPの衝撃の事実ですが。実はこれだけでは終らない。後期ED曲「水の星へ愛をこめて」も、今回ゼータを見てて仰天モノでした。歌は、当時新人アイドルだった森口博子さん(デビュー曲)。いえ、そこは衝撃ではありませんよ、有名な話ですから。

 実はこの曲、今の自分の耳で聞いて判ったのですが、いいですか、もろに「ムード歌謡」なんですよ。いやあ驚いた。この(ちょっと素朴さ漂う)センチメンタルで日本人好みのメロディ、そして歌詞といい、アレンジといい、完全にムード歌謡の世界です、これ。ガンダムファンの間では歴代一の名曲との呼び声高いそうですが(実際、NHKの人気投票で1位をとっている)、まさかここにムード歌謡が登場するとは。
 Youtubeのバンダイ公式でゼータ見てて、突然この曲が始まったときの驚きといったら。まあ腰が抜けそうでした。
 そして、なんとこちらの曲こそが、ニールセダカの書き下ろし曲、正真正銘ゼータのために作られた曲だったのです。ぬおお。
 つまり、ムード歌謡っぽい曲が上がってきたので、それっぽい歌詞とアレンジがついて今の曲が完成した、ということだと思います。(作詞は大御所・売野雅勇さん、編曲はこれまた大ベテラン馬飼野康二さん。磐石の布陣、お二人とも歌謡曲の世界の達人です)
 こういう発注をしてこうなったのか、それとも……って話は関係者に聞いてみないとわかりません。それでもこれはまた当時驚天動地の新OP曲だったと思います。
 一度、このOPを当時見た覚えがありますが、ED曲感が凄く強くて、非常に違和感がありました。少なくともロボットアニメのOP曲という感じはゼロ。これを平気で流すってのは、あるいは引き寄せるってのは、やっぱり富野監督という人は今更ですが只者じゃないなあ、と。

 そして、このアニメ界のムード歌謡、よく聞くとメロはどこか’50~60年代洋楽に通じるものがあるんですよ。それこそ「恋の片道切符」じゃないけれど。だから、確かにセダカの世界でもあるんですね。ムード歌謡は日本にローカライズされた洋楽だったのだから、それも納得できます。(こんなところでも自説を補強できた)
 ゼータは1985年だから、ムード歌謡衰退期にこんな良曲が誕生し、そして今でも歌い継がれているとは。なかなか稀有な話です。(森口博子さんは、この曲を含むガンダムのカバーアルバムが大ヒット中なのは、ご承知の通り) ムード歌謡は死なず、アニソン界で脈々と生きていた、というわけ。

 以下、蛇足。この「水の星に……」は、明らかに劇中に登場する敵方の強化人間の少女、妖しい魅力のフォウ・ムラサメをイメージした曲(今でいうと綾波レイ)。主人公カミーユとは出会った瞬間大恋愛w、敵味方だから悲恋ですが、「ねえ、頼める?……キスして」「あぁ」なんてシーンもあって、おじさんは「なんだこれ甘酸っぺー!」ってなったよ(笑)。アムロとララァは手も触れ合ってなかったのに……うーん80年代だね。
(フォウは、人でありながら人であらざる者、そして儚い生死の狭間を生きる者だから、やはりモラトリアムだ)