月: 2019年1月

思い出のビッグバンド

 最近、必要があって昭和の時代の演歌やムード歌謡なんかを聞くことが多いんだけど、そうするとちょくちょくバックにビッグバンドやブラスセクションが入っていたりして、やはりこの時代の楽曲にはジャズのカラーが必須だなあ(そしてそっち方面の音楽好きにはたまらんなあ)と思ってたりします。
 昔は、ほぼミュージシャンといえばジャズミュージシャンのことだったので、(ロックは別系統で不良みたいな?w)ジャズバンドが糊口をしのぐために演歌や歌謡曲のバックをやっている、というのは暗黙の了解事項でした。実際TVなどで伴奏しているのはそうしたバンドが多かったですしね。

 ただ、最近少し考えが変わってきて、確かにそうした要素はあったにせよ、実は演歌(および歌謡曲)の人たちの精度の高い歌唱を支えるには、演奏技術的にも優れていたビッグバンドに頼ざるを得ない、という理由もあったんじゃないか。当時の歌手の人たちは(今でも演歌はそうだけど)表現も歌唱技術もとんでもなく高いので。だから、実は持ちつ持たれつだったのですね。

 なんでこんなことを書いてるかというと、もう解散したけど昔、「原信夫とシャープス&フラッツ」という日本人なら誰でも知ってるようなビッグバンドがあって、そういえば昭和の時代は本当に歌番組でよく見たなあ、と思い出していたからです。
 米軍キャンプからキャリアを始めた方々で、文字通り日本を代表するビッグバンドでした、そして演奏も(歌伴だけでなく本業のジャズも)素晴らしかったです。

 たとえば80年代初頭にあったクインシー・ジョーンズ(とそのファミリー)の武道館公演、まさかYoutubeにないよなあ?と思ったらいきなり出てきたけど(笑)、ちょっとメンバー見てくださいよ。当時クインシーがプロデュースしていたり、関係が深かったアーティストやミュージシャンが勢ぞろい。

Quincy Jones: Keyboards, Conductor
Jean “Toots” Thielmans: Harmonica, Guitar
Patti Austin: Vocal
James Ingram: Vocal
Vivien Cherry: Vocal
Peggy Lipton Jones: Vocal
Janna Tyler: Vocal
Carlos Rios: Lead Guitar
Louis Johnson: Bass
Rod Temperton: Synthesizer & Keyboards
Greg Phillinganes: Keyboards
Jerome Richardson: Soprano Saxophone & Flute
Peter Christlieb: Saxophone
Jerry Hey: Flugelhorn
John Robinson: Drums
Ollie Brown: Percussion

 クインシーはクリエイターでやっぱりヒネてるから(←怒られないかなぁw)、この陣容でアメリカでは公演しないんです。なぜかというとアメリカ人聴衆はコンサートでの態度が最悪だから、それに比べてジャパンは素晴らしい(QJ談)、で日本のみで公演。あんさんやっぱヒネてるわ~。
 当時FMでライブが流れていて、エアチェックしながらその演奏にワクワクしながら聞き入ってました。
 そしたら、バックに素晴らしいビッグバンド・ブラスがいて、そのキレキレな演奏にもう手に汗握る感じ、すごいなあこれ、ニューヨークあたりのビッグバンドを連れてきたんだろうなあ、と思っていました。

 賢明な読者諸氏はもうオチに気付いたでしょうが、そう、これが何を隠そう原信夫とシャープス&フラッツだったんですよ! 今聞いても信じられないくらい凄い。
 フルバンドのブラスでこんなにキレるのって、人数多いんで普通まず無理っすからね。しかも音にしっかり腰があるし……(だからLA系じゃなくNYだと思ったのですが)。

 実は、クインシーとシャープス&フラッツは親交があったそうですね。原さんが自らアメリカに出向いて、アレンジを依頼したことがあったらしい。それでクインシーは実力をよく知っていて、この大事なバックをまかせたというわけ。クインシーも認める日本のビッグバンド、どうすかこれ。こんなにレベルの高い人たちが歌謡曲の伴奏してたんだぜ?贅沢すぎるっしょ。

 ジェームス・イングラム、残念ながら亡くなったそうですが、在りし日の素晴らしい歌が聴けます。大ヒット曲「JUST ONCE」だなあ。
 パティ・オースティンもすごいぞ、この日はこのツートップが大活躍でしたね。
 最後の「愛のコリーダ」では、全員入り乱れての大合奏、すさまじい迫力です。こういう音楽がまた復活してくれよ、って心から思う、それならリスナーは音楽に戻ってくると思うんです。
 例えばJイングラムだったら、当時はブラコン(ブラックコンテンポラリー)って言われてた音楽の代表格の一人、今の量産型R&Bと違って、ちゃんと鑑賞できるポップスとして成立してるわなあ、この時代の曲は。
 作り手としては、なんとかこういう音楽を復活させたいなあ、という当然の思いは抱きますね。

(しかしこれ、シンセ&キーボード弾いてたの、あのロッド・テンパートン先生だったのかよ(笑)、当時ライブ映像見てたけど気付かなかったわ。ベースはルイス・ジョンソンだし、フリューゲルホーンでジェリー・ヘイが紛れこんでるわ、流石に超豪華メンバー。テンパ先生がPオースチンに並んでガチ歌唱してるんで、パティがマイクの向きで困ってるじゃんかw 舞台で踊っているおじさんがクインシーですね、当日はMCも務めてノリノリでした)

 音楽の黄金時代は、やはりすごい人たちが支えていたのだなあ、と感慨深いひとときでした。懐かしかったので、つい長々と書いてしまった。

ビル・ゲイツ=「Mr.ビーン」説

 そろそろ来るかな、と思っていたらやっぱやられましたよ、Windows10のアップデート・テロに。うちは10 Proなので、普段は35日(だっけ?)ギリギリマックス未来にアップデートを先延ばししてるんだけど、この先延ばしも、毎回リセットしやがるんですね、余計なお世話過ぎるけど。
 それで先延ばし再設定を忘れていて、先日の夕方にいきなり更新待ちのダイアログが出たのですよ。こうなるともう半強制的にリセットへ持ってかれるので、イヤな予感がしつつも、おそるおそる更新。
 そしたら1時間くらいかけて何度もリセットしながら更新して、その結果ときたら。外部USBドライバを全て無効化するという暴挙に出やがった。こうなるとプリンタもオーディオインターフェースも全滅なんで、結局元の状態に復元(アップデート取り消し)。お蔭で制作の時間がヒトコマ飛んでしまった。

 経験的に、Windowsアップデートの適用でパソコンが動作不良になることが一番多いので、本当になんとかしてほしい。これを半強制的に適用してくるんだから、もうMr.ビーンがプログラムを書いて配布しているとしか思えない(笑)。訴訟社会アメリカで訴訟にならないのは、世界の七不思議のひとつだなあ。

(裏技的に更新止める方法もあるらしいが、それはそれで今度は大穴セキュリティリスクをOSに仕込むのが得意なビーン・ゲイツ(笑)だから、怖すぎで無理。救いがない)

 Windows10のアップデートは、絶対に配布後すぐにやってはいけない。ってみんなわかってるよな、もう。これが世界の標準OSなのだから、なんともはやため息しか出ない。

 Cortanaとかクラウドにも繋がった妙なものも搭載し始めているんで、今にこいつのAI化が進行して、他人に聞かれるとPCの持ち主の秘密をベラベラ喋ってしまうようなバグを、マイクロソフトならきっとやらかすはずです。
 ハイテク化でセキュリティリスクが増えるのは、なんとも皮肉ですね。

作曲(音楽制作)における作家性の話

 つい最近、自分が書いた曲をとても客観的に聞いてみる、というか聞かざるをえない状況になって、改めて新鮮な気持ちで耳を傾けると、色々な発見がありました。

 面白いことに、例えばロックな作家が書いた曲は、全く違うジャンルの曲でも、やっぱりどこかロックな感じになってしまうんですね。メロの作り方から、オブリガートの入れ方、ブラスやストリングスアレンジ、さらに言うならドラムやベースの動きまで、どうしてもそれは出てしまう。
 さらに今は、アレンジまでの段階で既に打ち込みや宅録でトラックが出来ていたりするから、余計に作家の色が出やすくなっている。
 ミックスまでやっていたら、尚更です(ミックスも、現代的な制作ではアレンジの一種といっていい)。

 自分の聞いてきた音楽のDNAみたいなものが、作曲していても出るんですね、驚いたことに。そして全身全霊を傾けたような突き詰めた制作の場合、たぶん人間性みたいなものも、曲のなかに見えてしまう。ある意味怖い話だけれど。

 考えてみれば、普通にアーティストさんの曲を聞いていても、「ああ、この人は育ちがいいんだろうなあ」とか「なんだか竹を割ったようなストレートな感じだな」と思っていたりすると、実際のアーティストさんの性格もそうだったり……するんですか、どうなんでしょう(汗)。それはやっぱりアーティストの方々は、いつも全精力を傾けて音楽を創っているから、そうなるんですね。

 そういえばテナーサックス奏者でソニー・ロリンズというジャズ界の巨人がいますが、高校生のときに初めてFMでライブを聞いて、ものすごい衝撃を受けたんですよ。その時の印象が「なんてタフな音楽性なんだ。殺されても死なないような超絶的なバイタリティじゃないか」、言葉にすればこんな感じでした。
 その後、雑誌のインタビュー記事で、ロリンズが若い頃に麻薬で一度廃人同様になり、ジャズ界から引退して、それから血の滲むような努力で再起した人だった、と知って、これまた魂消ましたよ、それであんなに音楽がタフなのか、と。
(ジャズ界、ロック界もそうですが、よく知られているように昔は麻薬中毒で亡くなった人もたくさんいるんで、再起できたのは本当に奇跡)
 これは極端な例だけど、やっぱり真面目な人が作った音楽はそうなるし、人が悪い人なら人を喰ったような……ね。どうもこういうの、本当にあるようです。

 さて、冒頭に戻って、ごく客観的に聞いた自分の曲(クライアントさんへの提供曲)の印象ですが。白状すると、「あれ?なんかこれ普通と違う、(ある意味)ひねくれてないか?」でした。ボイシングなのか、楽器の組み合わせなのか、リズムなのか、あるいは(多分そうなんだろうけど)その全てが組み合わさった後の、独特のムードとスタイル。結構こいつ、オリジナリティあるんじゃないか、などと、率直な驚きが。

 なんか風に書いてやろうとか、自分の色を思い切り出してやろうとかではなく、本当にベストの曲を書きたくてその時々全ての段階で最良の選択をしている、その結果なので。これは結構嬉しい発見でしたねえ。なんか自画自賛風になってきたが、トライアド中心の普通の機能的なコード進行なのに、なぜかそうなってた、今回は。

 自分は和音でいったらテトラド+テンション、リズムだったらオフビートや16ビート(=ジャズ&フュージョン)、あとラテンとか、そっち系の音楽を聞いてきたわけですが、冒頭のロックな作家と同じように、全然違うジャンルの作曲でもDNAが染み出しているんですね。

 もしこういう感じが面白いと思ってもらえるなら、それは作家としての個性だろうから、とても有難い話です。というか今そう思って貰えているわけですが。
 それで、透けてみえる人間性ですか? やっぱりひねくれているんじゃないですか?(笑)

 音楽は面白い、そして怖いって話でした。
(まあ、全身全霊を掛けた表現でなければ、人の心には何も響かない、ってのはどの分野でも同じ)

「ブルーライト・ヨコハマ」の秘密

 いつか聞こうと思い買ってあった古いレコードが何枚かあり、その中に「園まり」のアルバムがありました。調べたら1969年発売のものらしいが、今でいうカバーアルバム。昔の歌手はカバー曲をよく歌っていて、オリジナルアルバムでも半分くらいカバーとか良くあった、しかもほとんどアレンジが同じとか。
 まあそれはいいとして、この中に「いしだあゆみ」の大ヒット曲「ブルーライト・ヨコハマ」が入っていて、懐かしいなあと思い聞いてました。
(今じゃすっかりブルーライトは悪者だけど、港の照明のことだからね)

 さすがに当時は自分も幼稚園に行くか行かないかの子供(w)。ほんと日本人なら誰でも知ってる、という位の流行りようで、「ものすごくきれいな大人のお姉さん」がおしゃれで都会的な歌を歌っているなあ、と、無論そんな言葉も知りませんでしたが、あとから思い返してみればそんな印象。(その後何年も歌番組で歌われていて、そっちの記憶だろうなあ)

 で、園まりのブルーライト・ヨコハマも良かったのですが、やっぱりアレンジがほぼ同じ感じ、しかもボーカルのエコー処理まで同じ、それで「おっ」と思った。
 原曲を知っている方は思い出してみてください。ボーカルに独特のクリアなエコー(ディレイ=やまびこみたいな残響)が掛かっていませんでしたか? あれでかなり曲の印象がお洒落になってると思いますが、まだ1968年ですので、ハードのデジタルディレイなんて絶対ありません。テープレコーダーの技術を応用したテープディレイならありましたが、やはりこんなクリアな音は出ません。
 では、このディレイの正体は何か? なんだと思いますか?(笑)

 これが今回の本題ですが、ほら、やっぱり分析始めちゃうんですよ。
 で、まあ、答えをいうと、これがエコー・チェンバー(ルーム)だったんですが。

 床や壁をタイル張りにして音がよく反響する小部屋を用意します、その中にスピーカーとマイクを入れれば、はい!エコーチェンバーの出来上がり。あとはボーカルだけスピーカーから流してマイクで拾えば、あのクリアなディレイが得られるというワケ。昔はこんな苦労してたんですね、今からするとアナログで物凄く面白いけど。
(このあと鉄板を使ったプレートリバーブや、スプリングリバーブが開発される)

 海外の古いスタジオにはまだ現存するところもあるらしいが、国内にはもうないでしょう。(お大尽のプライベートスタジオならもしや?)

 実はこれ、なんで気付いたかというと、どこかにミキシング話が載っていたわけでもなく、音でわかったのですね。

 最近、またまたWavesのプラグイン、「Abbey Road Chambers」を買いまして。はい、もうオチが分かった人もいると思いますが、これのデフォルトの音がブルーライトヨコハマのディレイとほぼ同じ(笑)。本当に同じ質感なんで、びっくりですわ。エコーチェンバー再現を目的にしてるとはいえ、よく出来たプラグインだなあ、と。流石世界のARスタジオは期待を裏切らない。
 こんなやつです(↓)。部屋、ありますよね。柱は定常波による一種のハウリングを防ぐためのもの。

 50年からの時空を超えて、こんな形でブルーライトヨコハマの謎が解けるとは。という、ファンタスティックな話でした。まあ諸先輩方には常識だったかもしれませんが。

(この曲、Wikipediaによるといしだあゆみさんの26枚目のシングルだそうで、嘘でしょ?当時二十歳そこそこだし……と思ったら、15歳位でデビューし、「毎月」新曲を出していた時期もあったらしい。恐るべし高度成長期の音楽業界! 80年代アイドルの3カ月新曲で驚いている場合じゃない。ってこっちの方が秘密っぽいか)

(思い出したが冨田勲先生が、「新日本紀行」のテーマ曲で柏木に非常に長いリバーブが欲しくなったとき、エコーチェンバーでも足りず、NHKの施設ビルかなんかの階段室で同じことをやった、という話は有名ですね。あの驚異のロングリバーブは、当時謎だったらしいですわ)

かぜ薬効き過ぎ問題?

 ここ数年この時期になると、いつも風邪を引き込んでいるような状態で、風邪薬を連投してたりします。それで(あまり睡眠薬が入っていないのに)眠かったりね。身体が弱っているからですね。ところが今年は、結構調子がよくて助かっている。

 実はこれ、お恥ずかしい理由があって、冬もずっと夏用布団で寝てたんですわ(w)。当たり前だよね、って寝るときは厚着してたんだけど、やっぱり良くなかったようだ。あとエアコン暖房がなかなか効かなくて。ためしに電気ヒーターを枕元に置いて寝たら、ばかみたいに暖かい。多少電気代かかるが仕方ない、ってなった。

 それで実家から冬用布団を持ってきたが、これが体操マットか!って感じの重くて厚いやつで、寝ててもなんか埃っぽいし、一晩でギブアップ。結局アマゾンでレビューが良い冬用布団7点セットを買いました。こんな値段で?という代物だったが、届いてみたら軽いわ暖かいわ。これで春になったら、夏用布団セットを買う予定。

 いやー、毎年冬になると、オレももうダメかと弱気になってたが、ちょっとしたことでQuality of Lifeって上げられるんですね。この歳になるとほんと自分を労わらないと、大変なことになる。以前、O157より数段強力な感染性胃腸炎にやられたんだけど、あの時も風邪で弱っているところだったので大ダメージでした、まさに死にかけた。

 まあこんな感じでふらふらヨタヨタしてるから、自分のことで精一杯、正に毎日がサバイバルっすよ。もちろん音楽制作は別!(笑)。これだけは、気を張っていられるし、身体にも自然と気を遣うし、自分には最高の健康法(?)ですわ。
 でも、制作やり始めてから、世間の音楽を聞くことは逆に減ったなあ。どうしても、耳を空けておかないといけないので。あと、つい分析しちゃうんで、ぶっちゃけ結構疲れます。これだけは、もう純粋なリスナー時代には戻れないし残念なところ。

 などという、真冬のおじさん健康話でした。

デモ曲追加・スムースラテンPOP

 ところで、このサイトはブログ主体ではありません(笑)。ブロガーじゃないんで、作曲家ですから。ということで、新しいデモ曲追加です。

「ベローズ・チャコール」
 feat. mariko

 今回はスムース・ラテンのようなPOPS曲を書いてみました。シックでスタイリッシュな感じ、そしてまたまたアコーディオンをフィーチャー。前の曲がかなりド派手な入れ方だったので、今回は弦やブラスが入ったなかで、総合的なバンドアンサンブルの中でのアコ、しかもラテンサウンドの中で、というところを主眼に。それで、ラテン曲でよくピアノがやる16ビートのバッキングフレーズがありますが、あれをアコで鳴らしています(当然、右手左手フルアレンジ)。

 アコーディオンの左手のコード(ボタン)は、モロにギターのローコードと音域が重なるのですね。なので下手に鳴らしっぱなしにしていると、最終的にトラックの音が濁ります、響きもよくない。そのあたり気をつけつつアレンジした。(ちなみ、ベースボタンの音域は当然ベースと被る)

 今回は、marikoさんに歌って頂きました。雰囲気あるボーカルで、曲調にぴたりと合いました。有難うございます。

 マスタリングは「Abbey Road TG Mastering Chain」だけで行ってみました。こいつは音圧を上げようとするとすぐ0dbを超えたりするので、今回は音圧低め。後処理でOzoneをかましてみたりしたけど、いかにもOzoneなサウンドになっちゃって、歪っぽかったし、それは止めた。このままだと非常に音に透明感があって、かなり音楽的には正解だと思う。
 このAR-TGMC、プリセットのままではややアレってとこもあるが、少しいじると大変効果的ですね。

小説「カーペンターズが生まれた日」

 妹さんの名前はカレン、そして、お兄ちゃんの名前はリチャード。ごく普通の二人はごく普通にバンドを組み、ごく普通にコンテストで優勝しました。でもただひとつ違っていたのは、妹はタムを偏愛するおかしなドラマーだったのです

 1966年のある日、アメリカ合衆国カリフォルニア州、ロサンゼルス郊外の一軒家。絵本のような造りのこの家に、カーペンター兄妹は両親と暮らしていた。
 リビングのドアを勢いよく開けて入ってきたのは、妹のカレン、おてんば盛りの16歳である。
「あー、やっぱりここにいた。お兄ちゃん」
「なんだよ、いま忙しいぞ」
 そう答えたのは、兄のリチャード20歳だった。ピアノの前で譜面を広げてペンでコードを書き入れている。
「新しい曲書いてよ、曲! タムがドコドコするやつ」
「またかよ、この前書いてやっただろ」
「あんなんじゃ足りないよ、もっとドコドコするやつがいいの」
「パートごとのバランスというものがあるんだよ。わがままばかり言うな。お前はいつも曲全体が見えていない」
「むうー! ケチ」
「……睨むなよ、ブスになるぞ」
 カレンは動転した。
「は、はぁ!? も、もう! あ、あーあ、わたしもっと優しいお兄ちゃんが欲しかった! 意地悪な人じゃなく」
 そっぽを向いたカレンに、
「――ああ、ところでさあ」
 リチャードはピアノから向き直ると、打って変わって猫撫で声でいった。
「ちょっと相談したいことがあるんだが? わが親愛なる妹よ」
 満面の笑みにたじろぐカレン。
「なに!? この人どうかしちゃったの?」
「今度メジャーレーベルにデモ曲送ってみようと思うんだが」
「うん」
「それでさあ、やっぱりメジャーで勝負するには、ボーカルが要ると思うわけよ。いまおれたちインストだろ?」
「うん、そうね」
「そこでカレンさん、ボーカル担当してくれませんかね」
「えーっ? イヤだよ、ボーカルなんてしたらドラム叩けなくなるじゃん」
「こうやって、」
 リチャードはゼスチャーした。
「マイクブームを回り込ませて、口のところに持ってくれば歌いながら叩けるだろ?」
「いやだよ、ちょうどタムのところにマイクくるじゃん! タムの邪魔だよそれ」
「そこをなんとか」
「お兄ちゃんが歌えばいいんだ! 鍵盤なんだから、いくらでも歌えるじゃないの」
「やっぱりポップスなら、女性ボーカルの方がウケがいいんだよ。ぜひ可愛いカレンさんの美声をだな……」
「こんなときだけ褒めてもだめ。わたしは歌いませんからね!」
「……あー、タムがドコドコする曲書こうかな~」
「う」
「すっごくタムがドコドコして、ドラマーは気持ちいい曲なんだけどな、おしいなあ~」
「な、なによそれ、やり方が汚いわ、お兄さん」
「残念だな~」
「ちょ、ちょっと。本当に、タムがドコドコするの?」
「するよ」
「ずっと、イントロからアウトロまでドコドコする?」
「する」
 カレンの目の色が変わってきた。
「ふ、ふーん……じゃ、じゃあ、一曲だけ歌ってあげてもいいかな……。デモ曲だけだよね?」
「ああ、デモ曲だけな」
 そう言ってうなずくリチャードの顔は、まんまと妹に一杯喰わせた詐欺師の笑みであったが、まだハイスクールに通うカレンには、それが見抜けなかった。
「グループの名前は、おれたちの苗字からとって、THEがつかない『CARPENTERS』にしようと思う。音楽の”大工さん”さ」

 こうして、ポップスの歴史に名を残す兄妹デュオが生まれたのである。


 ……などという完全な作り話(笑)。実はカレンが歌うきっかけは、ベーシストのジョー・オズボーンの自宅スタジオで、リチャードがバイトで鍵盤を弾いていたとき、偶然見学にきてたカレンがジョーに勧められて、だそうです。それまで兄妹の頭の中には、カレンの歌というオプションはナッシングだったんですね。

 なんだこれ、と思われたでしょうが、カレンがタム大好きなドラマーだった、という話を読んで、ホワンホワンしてどうしても書いてみたくなり。(Youtubeを掘ると、本当にカレンがうれしそうにタムを乱打してる動画が見つかったりします)

 以上、新春お年玉スペシャル的な何か、でした。たまにはこういうのも読まされるよ、ここは。

キュートAORという新概念

 以前も書いたけど、AORには大きく分けて2派あると思ってて、ひとつは「不良中年」コース、もうひとつは「アダルトチルドレン」コース。前者はスティーリーダン、ボズ・スキャッグス等、まあいわゆるAORの本流かも。後者はクリストファー・クロスとかJDサウザーとか、こっちも勢力大きいですが。(←この分析が少々古いのは認めるw)

 AORってのは、もともと色々な要素を取り入れた音楽なので、ある意味根無し草でもあります。ジャズ、ロック、ラテン、R&B、ソウル…普通はそんなことをしたら到底聞けたものではない悲惨な代物になるはずですが(和洋中華の料理をごちゃまぜにしたところを想像して下さい)、それを非常なセンスで絶妙な配分で混ぜ合わせて、新しい美味しい料理を作ったのがAOR、って言い方ができると思います。

 その意味で、実はAORはわれらがガラパゴスアイランズ=ジャパンにとても合う音楽だと思うし、ジャズなら本場はアメリカ、ロックもそうか(まあ欧州もあるしな)、でもAORってあんまり地域性はなくって、フュージョンと同じで世界同時進行って面もあったので、そんなにオリジンコンプレックスに悩む必要もない、日本人としては。日本文化自体が、色々なものの融合だしね、識者の学説でも。

 で、思ったのですが、実は日本には独自に発達したAORの流派があって、それはここでは一応「キュートAOR」としますか。初期の「竹内まりや」とか、もうお一人、また名前出していいんですかねこれ…?(w)
 Youtubeで80年代や90年代のライブ映像見てて、これは思いついた。こういう可愛らしい感じのAORってのは、たぶん海外にはないでしょう。ある意味、日本のアイドル文化からの本歌取りです。ご存知のように、日本のアイドル自体が、特に昔のやつとか、海外でカルト人気があったりしますからね。あれは本当に日本独自のものなので。
 こういう感じのAORってのは、今はほぼ完全になくなってしまっているので、というかAOR自体がもうジャンルとしては消滅してますが(w)、伝統を絶やさないためにも、関係者の奮起が期待されます。いかがっすか?

 AORってのは、言ってしまえば幕の内弁当だと思うのですよ。和洋中華の料理が絶妙の組み合わせと配分で入ってるでしょ? 美味しいし、みんな大好き(笑)。
 そしてキュートAORは、女子がつくった手作り弁当ですよ。そぼろでLOVEって書いてあるような。男子からするとうへっマジかよ、って思うけど、内心にこにこだったりね(笑)。
 どうすか、こんな分析。

 ちょっと書き忘れてたけど、AORの成立にはもちろん従来の様々な音楽の融合もあったけど、それに加えて新しい音楽の要素、新しい楽器=シンセサイザーの導入は必須だったわけで、そこで日本の果たした役割は、実はとんでもなく大きいですからね。つい忘れがちになるけど、YAMAHA・Roland・KORGという三大電子楽器メーカーは、世界の音楽シーンに巨大な影響を与えましたから(それは今でも続いている)。
 その意味で、もうAORは日本が本場だろ!って、僕らとしては開き直ってもいいくらい(ついで言うとフュージョンもね)。それくらい、深くコミットできる音楽ってことです(=海外から物真似といわれる心配がない)。

 以下ブツブツ独り言っぽく…。
 まあね、80年代に白のフリフリ衣装で歌っていたような曲を、いま同じようにやれって言われても、というのはわかります。でもファンはそういうのが意外と見たかったりして? 還暦でセーラー服着て歌っている大歌手の方もいるので。皆大喜びしてますよ。

 以上、大変無責任な記事でした。ご利用は自己責任でお願いします(汗)。

年越しは伸びたり縮んだり

 先日の大晦日は、一念発起してアコーディオンを持って出掛けました。といってもライブ的なものではなく(そんな腕ないしね)、某所へ行って一人でアコーディオン弾いていたんです。(無観客試合という意味ではライブなのか?w)

 23時半頃から弾きはじめて、はっと気付けば0時15分。無心に音を出しているうちに年越ししてしまいました。いやーなんかもう、自分史上最高にお洒落で豪勢な年越しでしたわ(笑)。
 アコーディオン、弾けないんですが弾けるというか、これほど初級者に優しい楽器はありません。なんとなく音出しているだけでソレっぽくなる。それでも今回は、左のコードボタン&ベースボタンの機能をしっかり意識しつつ、つまりコード進行的な流れを最重要に、右手で即興でメロを入れたりして遊んでました。あと、蛇腹の動きでいかに音楽的な抑揚を出すか、このあたりは最近プロフェッショナルの音や映像をしっかり研究してますから。こいつは本当に、管楽器的な、あるいは人間のボーカルのようなダイナミクスが出せますから、めっさ面白い。

 例えば3拍子のリズムで、1拍目をベースでCボタン、2・3拍目をコードでCメジャーのボタンを押せば、「ズン・チャッチャッ」と、立派なワルツ的伴奏の出来上がりです。その後適当にF→Gってやれば、もうそれだけで3コードの進行が出来てしまう。ボタン押してるだけで伴奏になる、というのは、ある意味DTM的ですらある。

 もちろん、アコは蛇腹で空気を送らないと音が出ませんから、ちゃんと音切れないタイミングで動かさないといけない、これもアコーディオニストに必須のスキル。
 で、自分も見よう見真似でこの進行を延々と弾いてたんですが、はっと気付けば、自然と動きが超・お洒落になってるのですわ(笑)。これ、身体全体を使わないとうまくいかないからね、素晴らしすぎる楽器。

 結構、夏くらいから弾いてなかったので、少しベース側のリードが痛んだのか、余分な音が入るコードもあったのだけど、弾いているうちに直ってしまった。やっぱり楽器は生き物だから、たまには弾いてやらないといかんですね。

 前にも書いたけど、このアコは最小構成のやつなので、左手のコードはメジャーBb/F/C/G/D/Aしかありません。なので三和音(トライアド)の世界になってしまうので、この日は最後に4和音(テトラド)を試してみました。
 これは簡単で、右手の鍵盤で足りない音を足すだけです、そしたらこれがね、また思わず「うおっ」って声が出るほどのお洒落サウンド!
 左手でCのコードボタン、右手で低音域のBを弾けば、Cメジャーセブンスですからね。ここで右手をBb→Aと動かせば、Cセブンス、C6です。CM7→C7→C6→C7とか、このアコでやるとたまらなく良い。理論的には普通にCのクリシェですが、感覚的に良い音ってのはやはり楽器で出してみないとわからないなあ、と思った。
 さらにテンションを加えて、右手で同時にDまで押さえると、これがまた……(いい加減しつこいかw) 念のため、9thですね。

 こんな感じの新年を迎えました(笑)。