月別: 2019年3月

無名詩人と無名青年の話

 以前から書こうと思っていた宮澤賢治とある文学青年のこと、忘れないうちに。

 賢治が生前刊行した唯一の詩集『春と修羅』ですが、全く売れなかったことがよく知られています。自費出版だったのですが、本屋に並べてもらったものの、後にドサッと返本されてきて、賢治は相当ヘコんでいたとか。無名の新人なので仕方ないのですが、それにしても見事なまでに世間は無反応だった。
 知人や宮澤家ゆかりの人に献本もしていたのですが、そのお礼状が残っていて、「『春と修養』というご本、有難うございました」なんて書いてあって、どうやら健康本だと思われていたとか(笑)。一度も開いてないのですよねえ、まあ献本なんて大抵そんなもんだ(←お、類似経験あり?)。

 ただ、そんな一般読者の(無)反応とは裏腹に、実は「プロ筋」には、意外にもこの『春と修羅』は高い評価を得ていたのですね。
 まず当時新進気鋭の詩人だった草野心平がこの詩集を読んで才能に驚き、すぐさま自分の同人誌に参加するよう手紙を送っています。(実際、賢治は同人になった)
 そのときの草野の感想が、「この人は見慣れない科学用語を使っているが、それが象嵌細工のようなものでなく、生活の言葉のようになっている」で、もうウヘッって感じですわ、なんで一発で賢治の本質を見抜くのか。今日のように賢治研究が進んだあとの知見を、作品を一読しただけで見抜いてしまう。詩人・草野の洞察力恐るべしといったところです。
 さらに、当時の児童文学、そして新作童謡の巨大ムーブメントの震源地、雑誌『赤い鳥』の鈴木三重吉の目にも止まり、実際後に原稿依頼がきます(ただし事情で作品は没になった)。

 ここまででも、実はとんでもないことだ、というのは今から考えてもわかりますよね? 草野がダメな詩人を勧誘なんてしませんし、創刊号の巻頭作が芥川龍之介だった『赤い鳥』から原稿依頼がくるんだから、「おれSUGEEEE」ってなっても不思議ではないのに、どうも賢治はそれほどでもなかったらしい。さすがに赤い鳥のことは喜んだが、没になったことで、「ああやはり自分はダメなのだ」と落ち込んでいたとのこと。不思議な話です。あの顔の雰囲気からやはり、ネガティブ思考だったのか?(w)

 もしかすると、作家仲間やプロ筋からより、一般読者に読んでもらって評価して欲しい、という気持ちが大きかったのかもしれません。

 ここでもう一人、『春と修羅』を手に取り、これまたその内容に衝撃を受け、何冊も購入して友人にまで配ったという、賢治が聞いたら飛び上がって喜んだだろう行動をした、ある文学青年がいました。というか、まだ少年といった歳かなぁ、17歳くらいなので。
 賢治も無名、彼も無名でしたが、そんなことはもちろん関係なかった、彼にとって賢治作品の価値は明白でした。いくら詩集に感激したからといって、普通は友人にまで配りませんから、賢治作品に心酔し、大きな影響を受けたといっても過言ではないでしょう。

 彼もまた文学を志しており、数年後文壇でめきめきと頭角を現してその名を世間で知られるようになります。その人の名は中原中也。そう、あの「汚れちまった悲しみに」の詩人です。
 よりによって、ですよ、無名時代の賢治をこれまた少年時代の中也が発見し、激賞していたのですよ。どれだけアンテナが高いの?そしてどんだけ鋭いの?って話です。キレキレの詩人って本当にコワい。

 賢治の訃報を聞いたとき、中也は詩人として身を立てたあとでしたが、とても気の毒に思ったそうです。あれほどの人が世間から評価されず、志半ばで倒れたのですから。それで、あちこちで賢治のことを喋ったり書いたりしたのですね。
 これは草野も同じで、むしろ自分のところの同人ですから、やはりこんなに素晴らしい詩人がいた、ということを紹介して回った。

 これでようやく世間が賢治を認識し、「じゃあ読んでみるべ」ってなり、それで「あっ、本当に凄い」→超絶大ブレーク、ですよ。
 なんせ戦前にすでに2回全集が編まれ、「風の又三郎」なんて映画まで作られました。いやどれだけ人気出とんねん。皮肉な話です、賢治ほど「金もいらなきゃ女もいらぬ、わたしゃも少し人気が欲しい」って人はいなかったんだから(w)。
 だから、わかる人にはわかるのだなあ、ってことなのですね。中也と賢治は面識はなく、草野も賢治とは手紙のやりとりだけだった。それで突然の訃報に余計驚いたというわけ。

 なぜ賢治作品はあれほど素晴らしかったのに、当時世間には受け入れられなかったのか。実はこれは中也も不思議だったらしく、なんと賢治全集に寄せた文章が残っています。これ、青空文庫やKindleで読めるんだけど、以下引用。

 私にはこれら彼の作品が、大正十三年頃、つまり「春と修羅」が出た頃に認められなかつたといふことは、むしろ不思議である。私がこの本を初めて知つたのは大正十四年の暮であつたかその翌年の初めであつたか、とまれ寒い頃であつた。由来この書は私の愛読書となつた。何冊か買つて、友人の所へ持つて行つたのであつた。
 彼が認められること余りに遅かつたのは、広告不充分のためであらうか。彼が東京に住んでゐなかつたためであらうか。詩人として以外に、職業、つまり教職にあつたためであらうか。所謂文壇交游がなかつたためであらうか。それともそれ等の事情の取合せに因つてであらうか。多分その何れかであり又、何れかの取合せの故でもあらう。要するに不思議な運命のそれ自体単純にして、それを織成す無限に複雑な因子の離合の間に、今や我々に既に分つたことは、宮沢賢治は死後間もなく認めらるるに至つたといふことである。
「宮沢賢治全集」(中原中也)より

 ということで、中也さえわからないそうなので、今から僕らがいくら考えてもわかりっこない。ただ一箇所だけ、賢治が文壇にいなかったから、というのは、大きな理由かもしれない、横のつながりがないってことだから。もし詩壇のつきあいがあったら、赤い鳥に没を食らっても、宮澤君そんなことでしょげるなよ、なんていう人がいたかもしれない(まあ、賢治はいかにも文壇付き合いしなさそうだけど)。

 文士同士で飲んだりとか、そんなこととは程遠い人でしたからね。(Wikipediaによると、中也は太宰と飲んで、議論でやり込めて泣かしていたらしい。太宰は太宰で、中也が亡くなったあと、あんな奴だったが亡くなると惜しい、なんて言ってたとかw すげーコンビだなこれ、しかし事実か?←出典みたら小説になってるぞ、眉唾)

 中也ももちろん、30歳という若さで夭折しますが、もし生きていたら草野心平のように、生涯に渡って宮澤賢治の紹介・研究につとめたかもしれません。

 とにかく詩人の、世界を透過するような視線、本質を見抜く洞察力、これは凄いなあ、自分も見倣いたいなあ、と思ってしまいますね。

アコーディオンのマイキング

 アコーディオンの録音(マイキング)方法について解説した珍しいページを見つけましたのでシェア。(しばらくアコのことを書かないと禁断症状が…)

アコーディオンのマイキング、8つの方法
http://www.shureblog.jp/shure-notes/%E3%82%A2%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%818%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%96%B9%E6%B3%95/

 といっても、マイク・音響機器メーカーのSHUREのブログですが、なかなか質のいい情報だったので。あっ……今オヤジギャグ思いついたけど我慢する(←察してくれ)。

 それよりつかみのジョークが凄いぞ。

「あんまり治安が良くない場所で、車の後ろの座席にアコーディオンを置いたまま、車を降りて店に入った人がいたんだって。車に戻ってきたら、窓が開けっぱなしだったことに気がついたんだ。焦って車に乗り込んで、後ろの座席をチェックしたら…アコーディオンが二つに増えてたんだって!」

 いや、ちょっと待て(笑)。欧米ではそれだけありふれた物ってことですかね? ジョン・レノンの最初の楽器もアコーディオンだったって書いてある。
 このページにもあるし、その手の本にも書いてあるけど、アコの原型は紀元前の中国で出来たものらしい。それがいきなり19世紀のヨーロッパで改良・発展して現在の形になったそう。アメリカではピアノ鍵盤のタイプが多く、欧州ではクロマチック(ボタン)が主流って書いてある。

 こういうマイクでこんな風にセッティングするとこんな音で録れるよ、って実例が並べてあるので分かりやすい。アコは右手部分と左手部分のレジスターに、リードがパネル裏表にズラッと並べてあるので、やはり一番実感に近い音で録れるのは、右・左にマイクを1本づつ立てた場合らしい。
 これだと右手(メロ)と左手(ベース&コード)がはっきり分離して録れますね、当然ながら。

 少し離れたところからアンビエンス(残響)も含めて録るってやり方も実はポピュラーで、アンサンブル感を重視する場合は、この方法が多いかも?(いわゆるオフな感じ、前述のやつはオンな音)
 国内のアコーディオン奏者の皆さんの録音を聞いていても、この「L/R分離派」と「アンビエンス派」の2通りに分かれるみたい。(大抵、特定の奏者はどちらかの方式で固定してることが多い、サウンドイメージが変わってしまいますからね)

 さすがにライブのPAだと、レコーディングとは違ってくるとは思いますが。特に、あれだね、襲いくるナマハゲを笑止千万といった表情で待ち受けるアコーディオニストの音を録る時は、クリップマイクみたいなヤツで録るしかないわな、ワイヤレスで(極端な例)。

 まあ、ぶっちゃけ自分は打ち込みなんですけどね、今度試しに録ってみるかなあ。サンプリング音源のアコーディオンでも、高品質なやつはやっぱり左右きっちり分かれてますね、打ち込みも別々入力。ベローズ(ふいご)の開け閉めはMIDIのModulation信号等で行い、音色・音量がリアルタイムで変化します。キーの打鍵音もVelocityで強弱ついたりする。
 といっても、最終的には生楽器(+名プレイヤー)には絶対勝てるわけがないので、このあたりは割り切るしかない。でも、ダメなプレイヤーの生より、今は打ち込みが勝ってしまう時代ではあります。キビシイのよ、音楽業界も。

 逆にそれだけ名プレイヤーの生演奏には、高い価値が認められているということでもあります。テクノロジーの発達で生演奏の価値が上がってるのだから、面白いですね。

カレン・カーペンターの悩み

 カーペンターズのことでまた興味深い記事が出てたのでメモ的に書いてみます。

カレン・カーペンター ~母に引き裂かれたスーパースター~
https://www.elle.com/jp/culture/celebphotos/g26463935/carpenters-karen-carpenter-story-as-a-working-woman-190315/

 スライドショー形式+短い文章で15ページあるのでちょっと読みにくいけど、カレン・カーペンターは母親の(今でいう)モラハラにも苦しんでいた、という面に焦点を当てた記事。(スマホで読むと切り替えが少ないので読みやすい)

 カーペンター家は敬虔なキリスト教信者一家で、特に母親は信仰心が篤く保守的であり、女は仕事なんかしないで早く家庭に入るべき、という思考の人だったらしい。カレンがあれだけ世界中で認められたのに、母だけは最後までカレンの音楽の才能をガンとして認めなかった、ということのよう。
 またドラマーとして天賦の才があったが、リチャードや周囲の人たちは、ボーカルの方により比重をおきたがり、後期はボーカル専任となっていた。これも大きなストレスだった。
 マスコミに太っちょと書かれたりした結果、拒食症となったのは周知の事実ですが、にもかかわらず激しいエクササイズを欠かさなかった、強迫観念となってたのですね。

 以前もここに書いたが、リチャードが睡眠薬中毒で入院している間、カレンは単身ニューヨークに赴いてソロアルバムを制作します。ただその出来が良いとはいえず、発売中止が決まったのと前後として、かなり年上の実業家と電撃結婚します。どうも一種のヤケッパチ結婚だったようで、これも母親の強い要望(早く結婚して家庭に入りなさい)を受け入れたからだったのですね。
 そんな訳でカレンは早く子供が欲しかったようですが、なんとこの実業家、パイプカットしており子供は作れなかったと(!)。しかも事業が上手くいっておらずカレンから1500万円も借金する始末。グループのツアーで家庭生活らしいこともほとんど出来ぬまま、1年で離婚となる寸前(カレンが離婚届にサインするその日)、カレンは衰弱して、静養中の実家で亡くなります。

 記事の最後に葬儀の写真が出てきますが、カレンの棺の横に立つリチャードの表情が痛々しい、皆沈痛な面持ちです。アメリカでも世界でも驚愕の大ニュースだったので。

 それにしても、この記事の写真にもあるが、拒食症となってからのカレンは、本当にびっくりするほど痩せていて、ひと目で健康でないとわかります。死の直前は30kg台だったそう。
 そもそも、これだけ長い間あちこちでカレンの写真を見てきたが、1枚として太っている写真というものがないんだなあ。誰が太っちょと書いたか知らないが、昔の印刷の加減で、横に引き伸ばされた写真を見て書いたのではないか?
 アメリカの芸能マスコミの口の悪さは有名らしいので、適当に書き飛ばしたのかも。それこそ1980年頃ビリー・ジョエルが言っていたことですが、エルヴィス・プレスリーもマスコミの悪口を気にしすぎて、最後は心を壊してああなってしまったと(「だから僕は一切悪口を気にしない」とか。当時の新作「グラスハウス」がロックンロールだったので、ドラッグで頭やられたとか色々言われてたもんなw)
 この頃のアーティストは(いや、今も、ですが)みな真面目で純粋だったのだよなあ、と思う。カーペンター兄妹は、日本で出版された日本語の記事さえ翻訳して読み、評判を気にしていたそうなので。

 今回また考えさせられました。(男はフラフラしていてもいいけど、女性アーティストは結婚・出産のこともあるし、色々大変だなあ、と) カレン・カーペンターは現代ではもう抽象化された大スターだけど、当時を生きた一人の女性として様々な悩みがあった。

 まあこうなってくるとやはり、カレンのソロアルバムを失敗させたプロデューサーの罪は本当に重い。これが成功していたら全てが上手くいっていたかもしれないのに。いい加減しつこいが、ため息が出ます。

ディザリングのニッチな問題話

 いやぁ、最近ちょっとは耳が良くなったかな、earだけに。
 …そろそろ誰か止めてくれ。

 音楽制作で、マスタリングまでやっていると、必然的にぶち当たるのがデジタル変換ノイズの問題。パソコンを使った制作だと、内部的には音もすべてデジタル処理される訳ですが、最後にCDに焼くためのデータ化の時、内部データと仕様が違うと、変換処理しなけばならなくなります。CDと同じデータ形式(44.1kHz/16bit)ならそのままでOKだけど、今は高音質化のため大抵48kHz/24bitで行っているので、ここでどうしてもコンバートが必要になります。ところが何も考えずに変換すると、原理上耳障りなノイズが乗ってしまい、かなりマズいわけ。これを目立たなくするために、わざと最初から極小ノイズを乗っけてカモフラージュする、これがディザリングの原理です。(というか、自分はそう理解しているぞ)

 少し前、CDリリース用のデータを準備する機会があったんですね。それで、マスタリング後のデータ48/24を、44.1/16に書き出したわけです。ここで当然、ディザリングの出番です。Sonnoxのリミッターに16bitディザーが入っているので、これを最終段に通してディザーONにしたんです。
 ところがね……どうもこれが調子良くない。書き出したファイルを確認すると、なんだか全体的に透明度が失われていて、それこそディザーで汚しました感がしっかり出ちゃってる。
 ディザーをオフにしてもまだおかしいので、一度リミッターを外して、そのままで書き出してみた。そうしたら、非常にすっきりと透明度の出た、きれいな音だったわけ。おかしいなあ?ディザリングしてないハズのに、なんでこんなにいい感じに変換できるのか。ミックスの加減でこういうこともあるのかな、などと思っていた。

 しかし、流石にこのまま納品してしまうのも怖い、ディザリングは常識だし……と思い、もしや?とDAWのマニュアルを隅々までチェックしたが、それ系の設定項目はなし。我らが(株)インターネットが誇る最先端DAW「ABILITY PRO2.5」が自動でディザリングなんて気の利くことする訳ないし……と悩んだ末、とうとうサポートに質問投げてみた。

 翌日来た回答は……なんだったと思いますか? なんと、書き出しデータ形式を変えると、自動でディザリング処理してたんですよ! おい、それならそうと早く言え!(笑) あやうく二重に掛けて納品するところだったじゃないか。道理でSonnoxリミッターでノイズが乗ったような音になるわけだわ。これインタネWebの機能比較表には確かに載ってるが、マニュアルには一切記述がない。大丈夫かなあ、自分のほかにもプロで愛用者いると思うが、知らずに二重ディザーやっちまってる人がいたりしないか。ユーザー少ないから大丈夫?そうですか。

 いやもう、自分の耳は信用した方が良い、最後に頼れるのは自分の耳って話ですわ。
 これもデモ曲用に結構マスタリングをやってきたから、耳が出来てきてた、っていう流れなんだと思う、明らかに。

 まあ、ディザリングを切れない(=任意のディザーソフトを使えない)のは問題だけど、48/24のまま書き出してOZONEでやってもいいし……しかし注意書きは欲しかった。

 蛇足ながら、Sonnoxリミッターにも怖ろしいクソ仕様を発見した。こいつのディザーは、オンにすると16bitディザーとして働き、オフにすると24bitディザーになります。
 つまり、どうやっても絶対に切れないって寸法。おいちょっと(笑)、そんなのアリ? 道理でオフにしても音がおかしかったわけだ。ひゅー冷や汗。マスタリング最終段専用やん。
 というか、自動ディザリングのABILITYでは使っていけないリミッターじゃないか(笑)。えぇぇ?これヤバすぎっしょ。インタネさんOFFスイッチ付けて。

 ボカロP時代には良く使ってたが、最近は使ってなかった、ああ良かった。思えば昔はディザーなんて全く気にせずやってたなあ、どうせ128のmp3より音が悪いかも?って世界だったし。

 以上、優雅な生楽器プレイヤーの皆さまには無関係な、制作屋特有のエピソードでございました。

(追記/書き忘れてたが、SonnoxリミッターはABILITYに付属してます。ニッチな問題だけににっちもさっちもいかない、ルイ・アームストロングちゃうで)

セールス電話には居留守一択

 セールスだけに居留守? 今日もオヤジギャグ最高だぜ。

 今年はなかなかに花粉症が酷くって、眼・鼻だけでなく胃腸にも来ましたよ。もともとそっちも強くないので、とうとう大正漢方胃腸薬を飲み始めた。年々酷くなっているので、こりゃ放射能とかじゃなく花粉によるダメージでコロリと逝く日が来るんじゃないか。身体が弱っているところへO157でもやったらイチコロやでしかし。横山やすしか。そんな毎日です。確定申告は無事完了。

 自営業なので昼間はほぼ家にいるのですが(夜が無ければ外出できずヒキコモリ死確実、夜→花粉激減)、そうすると結構セールスが固定電話が掛かってくるわけで、何かの拍子に取ってしまうと、これが見事に怪しいのばかり。
 数年前ニュースでカニの送りつけ詐欺の記事を読んだ翌日、その業者からカニのセールス電話が掛かってきたときは流石にムカついたなあ。「断っても送ってくる会社ですか?」と訊いてやったらガシャンと電話を切りました。代引きで送ってくるので、一旦払ってしまうとジ・エンドなんですね。
 さすがにこの系統は最近ないが、他に多かったのが大豆か何かの先物取引。こんなもん市場でちゃんと売買しているかどうかさえ怪しい、ほぼペーパーカンパニーだろうし、これでも儲け話に釣られてしまう人はいたみたい。穀物の先物はF1レーサーの闘いに素人が参戦するようなもの、ってどこかの受け売りだけど。これも詐欺であることが知れ渡ったせいか、最近はない。

 当時から行き残っているのは、高利回りの投資をしてみませんか、当社はナントカファンドです、ってやつ。これも見事に怪しい会社名、この時代に高利回りって聞いただけで即座に詐欺とわかる。でも残念ながら被害者はいるんですね。
 株屋の営業も時々「今度そちらの地区の担当になりました~」とか掛けてくるが、これも「興味ありませんので」とすぐ切ってしまう。ネット証券の何がいいって、自分で株の売買を決定できるところ。
(相手もノルマがあるだろうから、早目に切ってあげるのも一種の優しさ)

 骨董や記念コイン・宝石の出張買取もしばらく前ありました、これも勝手に家中引っ掻き回して、値打ち物を安値で持っていってしまうらしいですね。

 まあなんといっても一番驚いたのは、数年前留守電に入っていたやつ。向こうさんも録音を一方的に垂れ流すんだけど、ハッピーラッキーステッキー(素敵)みたいなBGMに乗って、「おめでとうございます!あなたがご当選されました」とか言ってんの。ふむふむと聞いていると(笑)、なんか新作着物の発表会があるんだと、それが伊豆大島だかのホテルで行われ、そのモデルにあなたが選ばれたので無料ご招待……ってオイ(笑)、よくもまあこれだけ怪しいの作れるな?と、ほとほと感心するレベル。むろん高額な着物を買うまで帰れないって寸法でしょう、そして買わないと旅行代を(水増し)請求される。離島に舞台を用意しての催眠商法、世の中にはほんと悪人が多い。

 このように、現代日本はスキあらば人を騙そう、陥れようとする手合いがウヨウヨいます。自分は騙されやすいかも、自分は純粋だな、なんて自覚がある方は、どうぞご注意下さいませ。出所不明の怪情報なんてのは大抵ロクなもんじゃない(事実が混ざっててもせいぜい5割)。

 まあこんなことを言っていると、自分も騙されかねないから注意しよう。大抵「自分だけは大丈夫だじょう」なんて思っている人が一番危ない。

(読者にダメージを与えるためにオヤジギャグを言っているのではありません、おじさんの日常業務です)