月: 2022年11月

ピアノスタイル考

 ジャズピアノ、ロックのピアノ、王道クラシックと、ピアノもジャンルによってプレイスタイルは千差万別ですが、歌伴ピアノ(主にポップス)のジャンルも、歴然としてありますね。
 洋楽ならすぐ思い浮かぶのは、カーペンターズのリチャード・カーペンター。元々は器楽系のピアノスタイルだったのでしょうが、カレンのバッキングでエレピの方も含めて、非常に素晴らしいプレイを聞かせてくれました。兄妹で自作曲なので当たり前ではあるんでしょうが、出しゃばり過ぎず、かといって埋もれてしまうこともなく、ボーカルをプッシュし楽曲を締めています。
 そういえば、エレピはメジャーなフェンダーローズを使わず、ドイツ製ウーリッツァーを、カレンの声質に合わせてわざわざ使っていました。裏方、バッキングに徹する歌伴ピアノの鏡といえる行き方でしょう。
 で、歌伴ピアノの人が器楽曲を弾くと、これがまた非常に面白い響きになって、インスト専業の人とも違うし、なんというか正に歌心のあるプレイで、ハマると非常に素晴らしかったりします。

 しかし先頃Youtubeの演奏動画で拝見した、歌伴ピアノが主な領域の方の、クラシックの名曲。これはちょっとタッチの印象が硬かったかな? あ、でも練習って書いてありましたか。この曲、譜割りは簡単なのに、意外と演奏として成立させようとする難しいようですね。皆が知っているし、録音もたくさんある。ピアニスト独自の物を出すには却って苦労するはずです。
(でも先頃のアルバムでのピアノは良かったと思いました。正しく、歌伴スタイルのスイートでポップな完成度)

 そういえば、ピアノを弾きながら歌を歌う……ってスタイルのシンガーソングライターも居なくなりましたね。(まあサブスク用にコンプでペチャンコになったその種の曲は聞きたくないが。まさかそんなところでもサブスクの悪影響があるかも?)

作詞家の現況

 ちょっと前ヤフーニュースで読んだ記事、記憶頼りにボヤッと紹介。
 ある女性作詞家さんのインタビュー記事で、その方は匿名で登場していたが、モーニング娘の時代から幅広く作品をアーティストに提供して専業でやって来た方。やはり日本では専業作詞家は少ないそうです。

 元々業界に入ったのは、アマチュア時代ツテがある知り合いに歌詞を書いてみないか、と言われ提供して、いきなり採用されてそのままずるずると……という感じだったそうで、才能があったのでしょうね。曲先でスラスラ書ける方のようです。

 ただ、年々要求は厳しくなっていて、良い歌詞が出来たと思い、アーティスト側・制作側から好評にも関わらず、例えばグループの誰か一人がここはちょっと……など言われると書き直し。そんな展開が増えているとか。依頼の時もザックリし過ぎているとか。

 また、サブスクになってやはり作詞家も取り分が減り、辞めてしまった人も結構いるらしい。
 この方も、アイドル向けのコンペなどでは、もう全然通らないそうです。で、今後は演歌やムード歌謡にも提供したい、というご意向。

 もう一点面白いのは、兼業作詞家が増えたという話。たとえば業界で他に仕事を持っている方だったり、サラリーマンや学生だったりでコンペに通った、というパターン。学生だと就職と同時に辞めてしまったり、という形になるそう。

 ここで自分の見解を書けば、やはり従来の形での業界のあり方って完全に限界なんじゃないかと思います。といってこれが次世代の形だ……って示せるわけじゃないが。

JASRAC誕生秘話

 JASRACサイトの会員エリアに、先頃面白いPDF資料が載っていて、ダウンロードして読んでました。「JASRAC80年史」という資料で、優に書籍1冊分の分量がある。元々はセミナーかなにかでの配布資料だったらしいけど、非常に出来がよく、それで公開されたらしい。(2019年版)

 ここに面白い話が載っていて、名前通りJASRACの歴史を紹介した資料なんですが、なぜJASRACが作られたか、その経緯が最初に書いてある。
 それによると、JASの前身となる団体が作られたのは戦前の1939年(昭和14年)。その理由というのが実に意外というか、なんというか…。なんと、外圧です。

 在日ドイツ人の某が、昭和6年に外国著作権管理代行団体を日本で設立した。NHKのラジオ放送や、クラシックの演奏会などで、かなり厳しい取り立てを行い、場合によっては楽譜の差し押さえまでやった。まだあまり著作権は気にされてなかった時代で、かなりの騒ぎになったようです。
 そのうち国内でも勝手に著作権団体を組織して日本の著作権業務を牛耳ろうとし始めたのですね。
 それで大問題になり、国会で急ぎ関連法案などが整備され、JASRACの前身の団体が作られた、とのこと(社団法人大日本音楽著作権協会)。

 だから、JASは誕生の段階から、日本の音楽著作権行政と深く関わっていたといえそうです。
 この資料、奥付をみると編集は日経BPになっていて、かなり信頼性の高いものといえそうです。2018年までの出来事がずらっと編年体で載っている。

 設立時の名簿を見ると、作曲家では服部正、古賀政男、古関裕而、平尾貴四男、本居長世といった名前が見えます。作詞家では西条八十、時雨音羽など。(敬称略)
 この団体が戦後の1948年(昭和23年)に社団法人日本音楽著作権協会と改名され、現在のJASRACとなります。

 余談ながら、こんな背景の組織が、一部で言われているような著作権マフィアみたいなものであるはずがない。先頃音楽教室問題で潜入調査して炎上したが、その前はロクロク調べない、と随分批判されてました。まず世間は調査して欲しいのかどうか、決めないとね。

(ちなみ、なぜ著作権使用料の請求が作曲家からでなくJASRACから来るかは、作曲家が著作権管理をJASに委託しているから。そのあたりは全部わかりやすく公式サイトに書いてありますね)

KENDRIXに登録してみた

 ブロックチェーンに楽曲情報を登録して「存在証明」ページを作れる&公開できるシステム、KENDRIXが10/31から稼動しています。運営しているのはJASRACで、春くらいから試験運用していた。
 簡単にいうと楽曲の著作者情報をネット上に登録でき、楽曲の不正使用や強奪などに対抗できる仕組み。(登録したからといって必ず防止できるわけではない。ただ不正使用された場合に今後は強力な対抗手段となりえます)

ブロックチェーン技術を活用した存在証明機能とeKYC機能を備える楽曲情報管理システム「KENDRIX」の正式サービスを開始
https://www.jasrac.or.jp/release/22/10_5.html

 これなんと、全部無料なんですね。サイトでIDを作って、楽曲をアップして、タイトルとバージョンを登録していくだけ。楽曲登録の作業もサクサク進みますが、ブロックチェーン登録のステップだけは平均30秒程度待たされる。(このあたりは中央集権システムじゃないので…) 技術周りはソニーグループと連携しているとのこと。

 存在証明ページはこんな感じになる。

ファイン・チューニング
https://kendrix.jp/versions/musical_creative_work_version_id:5159d927-af93-4048-8a03-6fb994b37e9e

 登録できるのは、作詞か作曲、あるいは両方の著作権を持つ人だけです。(編曲の項目はなし)
 もちろんJASRACに入っていない音楽クリエイターでも全く同じように登録できます。(というか、JASRACとしてはそういう方々に使って欲しいらしい)

 Youtubeなどでも、楽曲を不正使用された、乗っ取られた、なんて話を時々聞きます。ネット上に楽曲を公開する方は、あらかじめKENDRIXに登録しておくと安心かもしれません。インディーズでやっている方には特におススメです。
(ウチのようなレーベルには非常に有り難い仕組み、もちろん全曲登録した)

 まだサイトの機能的にもVer1.0という感じですが、その分軽くて快適です。JASRACもDXやWeb3を睨んで、ガンガン動いているわけですよ。実はJASRAC本体の楽曲登録も、昔は郵送やFAXだったが、今ではネット上からも登録できるようになっています。

 蛇足ながら、JASRACは音楽家の寄り合い所帯であり、音楽の作り手の味方です。世間では随分悪者にされているが、かなりマスコミのマインドコントロールが蔓延っている印象。マスコミはお金を「払わされる」側だから、面白くないのでしょうね。
(トラブっているのは膨大な管理楽曲中の数曲、あとはしっかり分配してますよ)

 マスコミはこういうニュースはなぜか報道しないんだよね。
(KENDRIX mediaというサイトも立ち上がっているが、これは連動している音楽メディア)

ヤフオクの変な出品

 ヤフオクで不思議な出品がおススメみたいな欄に出てきて、それが1円即決でデジタル写真を売っているんです。自分で撮影したものなら、ある意味不思議でないかもしれないが、素材に使うのも微妙な風景写真ばかり。しかも、同じ写真を何枚も出品しているにも関わらず、落札もされているし、なんじゃこれは?と思っていた。
 自分なりに、たぶん何かのライセンス的なものを、裏で(取引ナビで)渡しているのかな、と予想していた。

 ところが、意外なところで真相が判明した。ヤフーニュースの記事で、別のネット詐欺事件のコメント欄を見ていたら、なんとこれは詐欺師の「評価稼ぎ」のやり口なんだそうです。低い評価だと信用されないから、自作自演で出品・落札してダミー評価つける。それで詐欺に使用するアカウントに信用を付けるわけです。
 よくもまあこんなことまで考えるなぁ、という感じですね。もちろんこのアカウントで偽ブランド品などを販売するわけです。

 先日も、なんと少年ジャンプの過去号の偽物が10万円以上で落札され、落札者が見抜いて出品者が逮捕される事件がありました。外観も中身も非常に精巧な作りで、ただ異様に新しいためコピーだと気づいたそう。こうなってくると、絵画の贋作と変わらない世界だな。
(更にサイン色紙は偽物の温床のようです)

 音楽関係でも、スタジオ用機器などで、ビンテージ品の偽物が出ることがあるらしい。これはビンテージが異様な高額で取引されるからですね。よほど信用のおける出品者からでないと、オークションでその手のものを落札するのは避けた方が良いかも。(先日見たのは、実際のスタジオを運用されている方が、身元を完全に公開した上で、なぜこの機器を売りに出したか詳細に理由まで書いた出品。ここまでくれば安心して取引して良いわけです)
 皆様もどうぞお気をつけて。

November Surprise

 あるシンガーソングライターさんの新作アルバムを聴いた。

 発売前に曲目リストを見ると、シングルリリースで既に聞いた曲が何曲か入っていて、大体の仕上がりがイメージできる状態でした。実はここだけの話、あまり期待していなかったともいえる(汗)。
 ところが実際聞いてみると、いい方向で予想を裏切られて、非常に良作でした。陽光あふれるテラスで、アフタヌーンティーを楽しんでいるかのようなリスニング感。世界的につらい出来事が続くこの時代に、ふっと心を穏やかにしてくれる楽曲群。書き下ろし曲が良いのもあるが、シングル曲もアルバムの中でベストポジションに配置され、続けて聞くとまた別に聞こえ方がしてくるのだから不思議です。
 いや、不思議でもなんてもなくて、たくさんのアルバムを作ってきたアーティスト特有のマジックでしょう。
 音楽家の役目、こんな荒れた時代における使命みたいなもの、そんなことまで考えさせてくれる作品でした。

 いやー、お見それしました、って以前も書いてるが、本当に凄い方だ。たったひとつ不満は、ぜひ再ブレイクして下さい、ってことだけです。洋楽を聴いてきた音楽マニアなら、このアルバムは絶対嬉しいはず。70年代の名曲の、掛け値なしに素晴らしいカバーも入ってるし。
 余計なことかもしれませんが、CD発売日には、SNSでジャケットと販売チャンネル書いて告知すべきですね。ファンでも知らない人がいても不思議じゃない。アマゾンやタワレコ他、国内流通網に乗っているんだから。
 自分がもしレーベルスタッフだったら、「リラックス&デトックス。アフタヌーンティーをご一緒に」って帯に書くかな。

 重箱の隅、かなりの部分でミックスもご自分でやられていますが、素晴らしい出来です。ただ8曲目の一部と、11曲目の全体が、ミックス(音質)に少し違和感ありました。アナログ的歪みが感じられる、またボーカルコンプの掛け方が他と違う(11)。たぶん意図して宅録っぽい音を作ったのだと思いますが。(オープンリールテープで録った?)
 マスタリングはロンドンで行われていて(アビーロードスタジオ含)、全体的には完全にメジャーの品質。
 しっかし、最近この方、ちょっと楽曲のイメージが変わったな。音楽はまだ進化し続けるようです。

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補遺・「PLANETS」再訪

 どうやら「惑星」でmoogモジュラーシステムを2台使っていたのは確定です。
 「惑星」の次に出た「宇宙幻想」のライナーノーツを見たら、機材リストに「moog IIIp」「moog System55」とはっきり書かれていました。さらにRoland Sytem700も載っているので、どうやらフルサイズのモジュラー3台体制だったらしい。正直今回は度肝を抜かれました。
 これって業界や世間で共有された情報でしたっけ? 自分も1台だと思っていたし、色んな記事を見てきたけど、1台…って感じの扱いばかりだった記憶しかありません。
 最初期の写真だとIIIpが映っていて、その後はSystem55ばかりなので、機種を変えられたのか……と自分は捉えていました。
(IIIpは最終的には修理不能なほど故障して、NHKの放送技術博物館に寄贈されていますね)

 あと「惑星」のライナーは冨田先生ご自身で書かれていますが、その中にとんでもないことが書かれていました。
 弦楽パートは、moogとRS-202を併用したというのですね。202はRolandのストリングス(アンサンブル)キーボードで、トミタサウンドにおける弦楽パートという、非常に重要な役割を担っていたわけです。
 実は今回「惑星」を聞き返していて、今の耳で聞くと弦楽パートで、なぜかストリングスKBっぽい音が聞こえるが気のせいか…と思っていたんですね。これまで読んだ分析記事の類だと、必ずmoogを20回とか弾いて重ねて……みたいな話でしたね。なんと、公式中の公式情報、作品のライナーノーツでこんな「種明かし」がされていたのです。(重ねたのも事実でしょうが)…昔読んだけど失念してた(汗)。

 あと面白いのは、シンセの音をスピーカーで鳴らしてそれをマイクで拾った……という試みをしたパートがあること。メロトロンをそのまま使うのではなく、VCFやVCAを通して加工していること(+moogと併用)。そしてシンセに対する姿勢、どういう意識で「惑星」を制作したのかがわかります。「惑星」の物理メディアを持っている方は、ぜひライナーを読み返してみて下さい。

 フェンダーローズが機材リストに載っていて驚いたのですが、一体どこで使ったのか……と考えて、あぁあれだと。隠し味……ではありません。とても目立つところです。音の鳴りかたがモノシンセじゃないので、読者諸兄ならすぐおわかりになるはずです。ぜひ考察してみて下さい(w)。

 今回思ったのは、Rolandはトミタサウンドにおけるバイプレーヤーとして、非常に重要な役割を果たしていたんだな、ということ。あくまで主役はmoogですが。
 ちなみ、宇宙幻想では、デジタルシーケンサーの走り、Roland MC-8が満を持して導入されています。

TOMITA「PLANETS」再訪

 久々にトミタシンセサイザー作品の金字塔・ホルスト「惑星」を聞き返していました。こういう名作は聞き返す度に発見があって、有り難いことに制作上のヒントも見つかります。

 そして、これは本当に久々に(多分20年振り位?w)に、LP版のほうのライナーノーツを見てみたんです。いつも曲だけ聞いてライナーなんか見ないので。そうしたら、仰天するような情報が載っていて……。

 実は、冨田先生はミックスダウンはどうしていたんだろう、と最近思うようになったんですね。もちろん冨田スタジオにマスターテープレコーダーやミキサー機材一式があったのは知っていたけど、作品を聞いてわかる通り、かなり複雑精緻なミキシングワークを駆使しているので。たとえばマルチトラックで録音したあと、完全にスタジオ内で2mixを作ったのか、それともラフだけにして、商業スタジオに持ち込んでそこでエンジニアに指示して作ったのか。
 後者ならスタジオの名前がジャケットのどこかに載っているはずだと思って調べてみたら、これが全く見当たらない。ということは、やっぱりミックスダウンまで行ったということでしょう。やはり凄い方です。

 ……と、ここまで終らなかったんですね、ライナー見たら。なんと、「惑星」の制作に使った機材一覧の名前が書いてある。moogシンセサイザーに至っては、モジュールの名前と数量まで(!)。僕らにとっては宝の山みたいな情報です。(昔も見たはずだが、そこまで機材に詳しくなかったので、すっかり失念していたようだ。嗚呼)
 特筆すべきはオシレーター類の18個、そしてENVは12個。VCFとVCAは5・9個。あとユティリティ系モジュール盛りだくさん。最初に冨田先生が購入したというmoog IIIpの構成を完全に超えているので、もう1台買ったか、あるいはmoog system55とかを別に買ったか……。そういやSystem55(箪笥)も昔の写真にありますね。
 あの巨大なモジュラーシステム2組分で作品を作っていたのです。
(だからキーボードユニットも2台かと納得。更に買い足したモジュールもあった感じ)

 またRolandのシステム700(moogと同じフルサイズのモジュラー)の名前も見えます。
 キーボードとしては、Roland RS-202やフェンダーローズ、クラビネットもあります。あとこれは有名だけどメロトロンも(鍵盤の数分テープレコーダーを内蔵したアナログサンプラー)。
 ピックアップ付きのシタール、電気ハープもあります。

 周辺機器も面白い、フェーザーだけで4台あるし、Roland Space Echo RE-201も使われている。
 いやーびっくりです。

 マスターレコーダーは16チャンネルで、他に8~2chのものが数台。あれだけの作品なので16では全く足りなかったはずで、かなりピンポン録音などを駆使してトラックのやりくりには苦労されたんじゃないでしょうか。

 ある意味、これだけ詳細な機材リストは、手の内を明かすようなもので、なかなか表に出すことを躊躇う方もいるでしょう。ただ冨田先生はご自分から公開してくださったことで、こうして後世から研究したり参考になったりするわけです。
 リストの全貌が見たい方は、CD版「惑星」にも書いてあるので、そちらを参照して下さい。
 あの音はこうやってるんじゃないか……ってことを考えるだけで楽しいものです。