カテゴリー: 音楽一般

唱歌と童謡

 童謡はもちろん作詞・作曲者がいて、著作権保護の対象ですが、いわゆる唱歌(文部省唱歌、いまなら文科省?)はパブリックドメインの扱いらしいですね、国が音楽教育のために依頼して作ったものなので。といっても童謡も著作権保護期間がきれたものがたくさんありますが。
 で、唱歌や童謡を聞いていて思うことは、これは旋律(メロディ)の音楽なのだな、ということです。アレンジどうこうというものではなく、簡単な伴奏だけでも成り立ってしまうし(それほどメロにも詩にも力がある)、そういう風に作られている。学校などで、不慣れな先生でも簡単に伴奏できるように作曲してあるし、子供にも簡単に歌えるように、譜割りも難しいものはない。(だから、作曲は案外難しいのですよ、これだけ縛りがあると似たメロも出来やすいし)。

 ちょっと戻るけど、今残っている唱歌で、そもそも作詞作曲者がはっきりしないものもたくさんある。当時はそれほど著作権意識って作り手にもなかったのですね、楽譜なんかも勝手に第三者が出版してしまう状態だったらしいし(w)。楽譜が出れば名誉だろ、くらいの感覚だったのかもしれない。

 で、まあ、唱歌・童謡も、普段歌わないアーティストさんが歌うと、その方の日本人としてのルーツに触れた気がして、これはなかなか良いものなのですね。旋律の音楽だから、ってのもある。今のPOPミュージックはそうじゃないものね。(ラップは旋律というより、台詞だと思う)。

 余談、明治~昭和初期に政府が国の事業として唱歌をたくさん作ったのですが、今残っているものはともかく、当時は酷い出来のものもどうもたくさんあったらしい。
 それに怒ったのが当時の心ある文学者・鈴木三重吉で、このままでは日本の子供達が可哀想だ、というので創刊したのが名高い児童文学雑誌「赤い鳥」(創刊号巻頭は芥川龍之介)。童謡(今で言えばマルチメディア展開)も同時に創作していったことから、ここ発で今スタンダードになっている曲が山のようにあります。これが一大文学運動・童話童謡ブームに繋がったのですが、宮澤賢治も実はこのブームの中にいて創作を始めた、と言ってよいと思います。
 まあこういう人が本物の「国士」だよなあ、有言実行だし。後期は戦時体制の陰が色濃くなり、お上の干渉を防ぐのに苦労したらしい。賢治の詩がこの雑誌で没になったのも、どうもそのせいだったとのこと(載せてしまうと検閲のきっかけになるので)。
 それはともかく、賢治作詞・作曲の「星めぐりの歌」は傑作ですね。昔行った花巻駅前で夕方に流れていたなあ。

POPS=ファミレス論

 ある新曲を聴いていて思ったこと。「ああこれ、バックにストリングスとか一杯伴奏入れたいなあ……」

 シンガーソングライターの皆様が、ピアノだけ、またはギターだけで伴奏する曲を作って発表したくなる気持ちはわかります(少しの付加楽器は、この際考えない)。それだけ純粋に歌のテーマ性が浮かび上がるし、うまくハマれば非常に効果的ですからね。
 ただ、やっぱり作曲やっている人間から言わせてもらうと、より聞き易くするために(=より多くの人に聞いて貰えるように)、ちゃんとフルアレンジしてバッキング一式を付けた方が、一般的には良いんじゃないかと思うわけです。その方が、確実に発表した歌を理解して聞いてくれる方は増えるはずなので。

 ポピュラーミュージックとは、つまるところエンタメであり、料理店で例えればファミレスだと思うんですね。ファミレスの料理って、例え民族料理みたいなやつでも、ちゃんと食べ易くなっていますので。まさにアレンジです。
 ピアノやギターでのソロ伴奏曲だと、専門店になっちゃって、普通のリスナーには敷居が高くなってしまうんじゃないでしょうか。カレーも激辛専門インド料理店より、ファミレスの方が、まあ食べ易いんじゃないかと(あるいはチェーン店でも同じ)。
 自分がインストを好きだから言うのではありませんが、やっぱりフルアレンジ、+アーティストさんの歌、という形が、一番「ああ、曲を聞いたなあ」とリスナーさんに思って貰える可能性が高い。もちろん世の中には、ピアノやギターだけで聞かせる曲もありますが、普通のPOPSのメインストリームからは外れてくる感じはある。

 蛇足めいてきますが、AORってアレンジありきの音楽ですからね。スティーリー・ダンなんて、実はボーカルはそんなに達者というわけではない。だから楽器で……というわけでもないんでしょうが、自分たちの強みと弱みをよくわかっているなあ、などと聞いていて思うわけです。
 なので、どうやったら書いた曲をリスナーさんに理解してもらえるか、って戦略的なところも、特に一人でやっているアーティストさんは考えていないといけない、ということになりますね。まあそれがプロデュース、ってことになるのでしょうが。
 今回は多少の上から目線に聞こえましたら、心の底からメンゴです(w)。
 まあ世の中にはアレンジした方が映える曲もある、ってことです。

(フルアレンジどうこう書いたけど、ピアノだけ、あるいはギターだけで勝負できるようなインスト曲は除きますよ、もちろん。世の中は怖ろしいまでの表現力のプレイヤーがたくさんおられます、御存じのように。ボーカルを超える器楽演奏、正に神業です。インストで売れている方々は実はみんなそうですね)

(追記:大切なことを忘れてました。メロは大変良質でございました、そしてイントロとピアノのバッキングも良い…ので余計に)

ジミヘンのギターでトリップ?

 ふと思い立って、ジミ・ヘンドリクスの曲をYoutubeで探してみました。当時の映像はフィルムだと思いますが、デジタル修復されたのか、驚くほどクリアで発色の良いものが見つかりますね。ついでに音の方も処理されたのかなかなか良い状態。以下はそんな映像の一つ。

 これもフェスでのライブ映像らしいけど、プレイの様子がこんなに克明に見られるのはそれだけで歴史的価値があります。結構、右手だけで音を出しているフレーズがあったりしますね(左利きなので、右手はフレットを押さえる方の手)。右利き用のストラトを逆さにして強引に使うところなんか、もう60年代のカウンターカルチャーの象徴のようなもの。
 楽器が身体の一部のようになっている。インプロヴィゼーションとしても言うまでもなく素晴らしい。こんな人がドラッグのせいで若くして亡くなったのだから、本当にドラッグカルチャーというのは(生み出したものもあるにせよ)、罪深い。
 何度も書いてるけどソニー・ロリンズなんか、廃人同様のとこから復活できたのは、正に奇跡だったでしょう。(並外れてメンタルもフィジカルも、音楽への想いも強かったと思う)

 ディストーションの掛かったハイの強いストラトのソロを延々聞いていると、実はそれだけでトリップしてしまいます。60年代という時代に(自分はまだ子供だったが)何故か引き戻されてしまうのだから、音楽というのは本当に不思議です。そういえばこの人はサイケデリックでもあったのでしたっけ。だからこの衣装なのか?(w)袖が広がっていてギター弾きにくそうだ。

 ジミヘンじゃ極端ですが、こういう自分のスタイルを強固に持っている名プレイヤーに曲を書こうと思ったら(あるいは曲に参加してもらおうと思ったら)、脚本の当て書きみたいに曲も当て書きするしかなさそうですね。(あるいはソロだけまかせるか)
 こういうのはボブ・ジェームスが得意でした、スティーブ・ガッドを起用した「はげ山の一夜」なんかその典型。プレイヤーのことを熟知していなければいけない分、普通のアレンジより数段難しくなるでしょう。(当然、スティーリー・ダンの事例のように、没も出てくるはず)

 ジミヘンは、ギル・エヴァンス・オーケストラとの共演が死去により実現しなかった話が有名ですが、今回調べてみたら、それ以前にマイルス・デイヴィスとも親交があり、マイルスの自宅で行われていたセッションには何度か参加していたらしい(!)。マイルスから非常に高い評価を得ていて、2度ほど共演話があったが流れ、3度目でギルとマイルスとジミヘンでコラボする予定だったのとこと。もし実現していたら、ジャンルを超える歴史的名盤、どころかここから新しい音楽ジャンルが生まれていたかもしれません。

 ギルは、ジミは本当はジャズミュージシャンだ、彼は恥ずかしがりやだからそれを認めないだけ、と言っていたとか。

(今回、ジミヘンの顔って誰かに似ているな、と思ってしまったのですが、よく考えたら若い頃のカルロス・サンタナと似てません? 驚愕の大発見、かも?w)

向谷実さんの珠玉のピアノ

 今回は、ここで四の五の説明する前に、日本を代表するミュージシャンのお一人、向谷実さんの珠玉のピアノ演奏をお楽しみ下さいませ。

 明治の大作曲家、成田為三さんの名曲「浜辺の歌」(作詞・林古渓)、この日本人なら誰でも知っている歌曲を、流麗なハーモナイズで蘇えらせておられますね。ここで紹介するまでもなくもう3万回以上再生されてますが……(w)。
 これは本当に心に染みます。たぶん海外のプレイヤーでは、どんな名手でもこんな風に楽曲の良さを引き出せないでしょう。

 最後のお洒落な半音下降のところ、例のアレだと思いますが、自信がないので断言はしません(我ながらちょっと情けない?)。少なくともdimではないと思いますが、テンションが当たっている気がするので多分。

 向谷実さんは、マルチキーボードのプレイスタイルを極められた方なので(明らかにオーソリティの一人)、ルーツ楽器はオルガン系かと思われがちですが、実はピアノですからね。
 こうしてみると、アップライトピアノというのも、グランドピアノには絶対ない持ち味があるなあなどと感慨に耽りました、まあ名手が弾いた時限定かもしれませんが。

 これは秋田内陸線の新列車運行記念イベントでの一コマらしいです。この駅では接近を知らせる音楽も、向谷さん作曲のものが流れているとのこと、ご興味のある向きはツイッターを辿って下さい(すぐ下です)。この到着音楽も考えたら環境音楽の一種っすね。

 ……というようなことを書こうとしていた矢先、なんとこの6月には、向谷さんが率いるビッグバンドでのコンサートがあるとのニュースが。豪華メンバー等詳細は[こちら]をご覧いただくとして、ドラムスは神保彰さん。ぬおお。
 「向谷実と輝くオーケストラ」から35年ですか、ついに本物のビッグバンドが結成されるとは……。(輝くオーケストラとは、向谷実さんソロアルバム第1作の中にあった、FMシンセの多重録音による一人ビッグバンド……ですが、調べたら2011年に自主製作版でもあったのですね、勉強不足でした)

 自分も、凄腕ミュージシャンの皆様のお仕事を遠くから拝見しつつ、これからも自分なりにちまちまガンバリマス……。

神保彰さんの新作「26th Street NY Duo」

 遅ればせながら、世界的ドラマー・神保彰さんの新アルバム「26th Street NY Duo」を拝聴しました。いや~もうエガったです(思わず訛った)。

 アダルトコンテンポラリー・フュージョンとでも呼びたくなるような大人のインストゥルメンタル(Smoothというにはまた違うハードさ、シリアスさが底にあります)。なんだかふとMJQ(Modern Jazz Quartet)を思い出しました、不思議です。一音一音の密度・濃度が高いのに、音数は少ないのだから(そう、まるでマイルスのソロのように)、実はスリリングでもあり、次の展開が楽しみで、一度聴き始めたらCDを止めることができません(w)。
 これが実質デュオで演っている音なのだから、驚いてしまいます。

 参加ミュージシャンは、ギターがOz Noy、ベースはWill Lee。二人一度に参加している曲はなく、Oz-Will-Oz-Willとデュオ曲が並ぶ構成。
 Will Leeは、いわずと知れた大ベテランのセッションメンですが(一体世界中で何枚に参加しているか本人もわからないはずw)、今回は非常に落ち着いたプレイ。というか、神保さんの出方を見て少し遠慮しているか、やや楽曲解釈に迷いがある感じはする。
 その分、Oz Noyは激ハマリの大暴れで(といっても節度はありますよ、人のセッションなのでw)、大当たりで楽しめました。方向は違うけど、故Hiram Bullockを髣髴とさせるヤンチャな弾きっぷり。実はこの人のギターは初めて聞きましたがこれはいいプレイヤーっすよ~。
(このあたりの差が、1曲目=withノイ曲という構成になったのかもしれません、まあ憶測ですが)

 前述の通り、音数を絞った神保さんのプレイのカッコ良さ。うーんこれは若いドラマーには無理ですねー、ベテランの余裕と貫禄。そして、もし自分の聞き間違いでなければ、まるで一時転調ならぬ「一時転拍」とでも呼びたくなるような、絶妙なタイミングでのショットが入ったりして、これがまたクール。ただただ脱帽です。
 ステディでタフなタイム感、これはジャズでもロックでもみられない、ジャパニーズ・フュージョンで培った神保彰さん独特のものではないでしょうか。このドラムプレイだけで値千金。

 またミックスがカッコよいのですよねー、実は、今回のを聞いて言うんじゃありませんが、少し前から神保さんのドラムをワンマイクでスタジオブースじゃない場所(練習部屋とか)で録ったらどうなるだろう……かなり面白いんじゃないかな、などと妄想しておりまして(w)。そしたら、まさにこのCDのサウンドがそれに近いじゃないですか! えええ……と驚くとともに、流石にご本人が一番分かってらっしゃるのだな、と。で、ですよねーw
 神保さんのドラムは、いつも現代レコーディング技術の粋を集めた環境での超ハイファイ録音なので(当然、世界最高レベルのドラマーなので)、そうでない音というのは非常に新鮮で面白いです。
 一言で言えばローファイですか、テープっぽい質感もあって、ルーミィなアンビエンスもたっぷり、スネアなんてアンビエンスのお陰で’80年代のゲートリバーブみたいな感じにも聞こえる。このミックスはとにかくクールっす。
(最近の音は全部こうだったのでしょうかね。妄言多謝です)

 あと同期シンセの音が、ユーロラックモジュラー感のあるアナログRAWな感じで非常に尖ってて現代的、これもプログラミングは神保さんなので。(なお全曲書き下ろしオリジナル曲)

 いやー、世界の名ドラマーから世界の今のフュージョンの音を教えて頂きました。アマゾンのカテゴリランキングで(同時発売のもう1枚と同時に)1位になるはずですね。
 フュージョンの可能性を再認識した作品でございました。

秋吉敏子さんの心構え

 この前深夜にTVをつけたらETVで「SWITHインタビュー達人達」という対談番組をやっていて、この回のゲストがなんとジャズピアニストの秋吉敏子さんと、女優の松坂慶子さん。
 秋吉敏子さんといえば、業界最長老のゴッドマザーにして、文字通り音楽界の生きるレジェンドですが(なんと御年90歳)、全然見えないしまだアメリカでバリバリの現役、番組でもピアノを弾いておられましたが、全く衰えがないですね~。
 そして松坂慶子さんがまたお綺麗でして、ご主人はジャズミュージシャンですから、そしてやっぱりお綺麗ですし(しつこいw)これは良い番組が見られました。って言っても全部見られなかったけど、秋吉さんがすごく印象的なことを言っておられて。

 番組は、まず松坂さんがニューヨークのSOHO地区にある秋吉さんのご自宅を訪問するところから始まりました。
 ここで秋吉さんが言っておられたのは、自分は(音楽家として)まだまだだと思っている、でも今日よりは明日は1日分進化しているから、1日1日良いミュージシャンになっている、ということだったんですね。自分はまだまだ、と思うからこそやっていける、慢心してしまったらそこで終り、まだまだだからこそもっと腕を磨こうと生きていける、とおっしゃる。現役音楽家として70年にも及ぶプロ生活を過ごしてきた方がこうなんだから、これは僕らは絶対見習わないといけないことなんでしょうね。
 それでも、やはり年齢のことがあるから、1日寝てばかりという日もあるそうですが。歳をとっても、それだけ経験を積めばより良いミュージシャンになっていけるはず、ということです。凄いなぁ~。

 秋吉敏子さん、アメリカでのデビューが1953年なんですね。もう驚くなかれですよ、昭和53年じゃないよ(笑)、ガチガチのモダンジャズ全盛期、普段うんちく三昧のジャズマニアがぶっ倒れるよ。
 戦後、九州のジャズクラブで演奏をはじめて、その後東京へゆき、そこで来日したあのオスカー・ピーターソンに見出され、渡米してレコードデビュー。
 当時、向こうのTVに出てたときのビデオが流れてましたが(よく残ってたな)、着物を着てクイズ番組に出演、この日本から来たお嬢さんの職業は何でしょう、みたいなやつ。正解後、スタジオでピアノトリオ演奏するわけです。こういうのは嫌う人は嫌うかもしれませんが、秋吉さんは宣伝になると思ってどんどん出演したらしい。実際それで結構名が売れたそう。そのあたりは流石にショーマンシップ溢れるジャズメンって感じですか。
 ご主人はサックス&フルート奏者のルー・タバキンだし、秋吉・ルーの双頭ビッグバンドじゃ、そりゃお客来ますよ。二人いっぺんに見られる上にビッグバンド、一粒で三度おいしい状態だし。
 うーん、このあたりで時間切れで全部見られなかったのよ、残念。

 以下はおまけ。秋吉さんといえば、「ジャズと生きる」という自叙伝がありますが、この中の渡米後初日夜のエピソードがなかなか衝撃です。知り合いのジャズメンに連れられて、ジャズクラブに行った。演奏していたのはなんと帝王マイルス・デイビス。ビバップばりばりの頃でっせ、1953年なので。
 そしたらマイルスが「一緒に演るか」とゲストに誘ってくれた。ところが緊張とパニックのあまり「NO!」と言ってしまった(笑)。
 その夜のマイルスは「おれって本当は…嫌われているのかな…」などとカウンターで俯いて独りバーボンをあおっていたという。いやそれは嘘ですが。
 怖い怖い、アメリカでデビューするってこういうことなんだよなあ、と。その後、マイルスとは無事共演したそうですが。

 もうこのまま10年でも20年でも現役でいて頂きたい、日本が誇る世界の秋吉敏子さんのお話でした。

続・お宝雑誌発掘

 実はひとつ前に書いた80年代の音楽雑誌「KB Special」の件、翌月号も見つかりました(1988/6)。2号続けてCASIOPEAの最新アルバム「EUPHONY」が特集されていたのですね(それだけ音楽的にも面白い作品だったといえそう)。
 紙面に登場されているのは……

 当時のトレンディードラマに出ていた俳優さんです、って言ったら今の若い子は信じますね(w)。
 もちろんリーダーでギタリストの野呂一生さんです。今も昔もカッコイイ。ここで色々書くのも恐れ多いですわ……。文字通り日本を代表するミュージシャンのお一人です。

 ギターのコードプレイで、テンションノートがハイに行くほどコードの機能が強くなるって話。キーボードとの比較で、どうしてもボイシングに制限が出てくるので苦労するって話。作曲のとき、転調はするが基本となる調の調性感は大切にしているって話。あまり転調してやろうと思って転調しないそうです、あくまで楽曲の流れを見て、一時転調とか臨時転調とか。(やっぱり、これがカッコイイのですね)
 前回も出てきた「m7(b13)」は野呂さんが発明された表記とのこと。

 実はこの特集だけでなく、別の新製品紹介のページでYAMAHAのMIDIギターシステムG10のレビューがあり、そこで野呂さんが実際の利用者として登場されています、
 このG10、「EUPHONY」の中でも使われていたのですね。「SENTIMENTAL AVENUE」や「SOLID SWING」でTX802やRoland D-50をドライブしていたとのこと。G10は純粋にMIDIコントローラーに絞った製品で、今のようにピックアップでギターとしても使えるものではなかったようです。またハマリングオン等、細かいテクは拾えなかった。ただしチョーキング等でクォータートーンを出すのは可能だったらしい。

 この号、表紙は坂本龍一さんでした。当時からオーケストラと共演するスタイル。もうこれだけでも30年以上の積み重ねがあるってことになりますか。

 そしてKORGからは驚異の新製品が……!

 うーん物凄い時代だったよ、80年代。実はこの頃の音楽雑誌は一杯実家に取ってありました。また面白い記事があったらシェアします。

新表記法: 4度堆積和音

 雑誌の音楽理論の記事を見ていて思ったこと。フュージョンやジャズはやはり4度堆積和音の利用頻度が高く、だからこれらの音楽をずっと聞いていた自分も、知らず知らすのうちに馴染んで好きになっていたんだな、と。
 ボカロ曲を書き始め、コードを自分で決められるようになって(最初は、なんとDAWの自動判定機能に頼っていた!←メロから判定)、結構初期からsus4コードが好きで、なんでこんなに惹かれるか分からなかった。結局既存のコード体系のなかで、一番4度堆積と親和性があるコードだからなんですね。なんせ4度の音がしっかり入っている。
 そしてこいつは、メジャーでもマイナーでもない不思議なフレーバーで、ちょっと浮遊感があり、オリエントな雰囲気もある面白いやつでもあります(作曲勢の皆様は先刻ご承知ですね)。
 昔のポップスなんかだと、「Csus4 | C 」みたいな進行が常套句だったのですが、自分は結構知らん顔して他のコードに進んじゃったりとか(笑)、理論知らないうちからやってましたが、これは正しかったのだと後に知りました。現代曲だとそういうのは結構ある、違うsus4が連続したりとか。もう独立した和音のようなっている。これなんかも、たぶん考え方としては4度堆積の方から引っ張ってきたと思っていいのでしょうね、あちらは明確なコードケーデンスもないから(むしろ既存のケーデンスに組み込まれていない、という言い方のほうが正しいか)、どうやら感覚的に使う世界のよう。非機能というより脱機能っていう感じですかね。自分も曲では結構こういう使い方です、昔よりは控えているけどw こうやってちょっと解析不能なところを作っておくと、やっぱり曲のアクセントになって面白いんですよ。

 まあそれはともかく(長い前置きだw)、音楽理論(コード理論)は3度堆積和音を主眼に考えられているから、ここに4度堆積を持ち込もうとすると、コードネームの表記に非常に苦労するわけです。それでも皆さん、なんとかかんとか既存の和音の展開形を使うことで、4度堆積を表現しているのですが、いかんせんやはりパッと見わかりにくい。譜面にコメントで書いておくという方法もありますが、できればそろそろ4度堆積を表すコード表記を考えてもいいんじゃないか、とふと思いました。まあこれが必要なのは、フュージョン&ジャズ業界が中心になるのでしょうが……。オンコードだのオミットだの、オプションがたくさん付いてしまう現状を、なんとか打破できないか、というひとつの試案です。

 例えばCからの4度堆積

    C-F-Bb

 こんな和音があったとします。既存の表記だと「C7sus4 omit5」ですね。
 これを、CM7とかCmとかと同じく、簡単に書きたい。
 だったらQUAD(ラテン語で4が語源)からもってきて、4度堆積和音には「Q」を付けてはいかがでしょうか。
 「CQ」です。若干アマチュア無線を思い出しますが、それならCMだってコマーシャルですからね。
 今のは3和音(トライアド)でした。4和音(テトラド)の場合は、「CQ#9」あたりがよろしいのではないでしょうか。4音目が#9になるので。

 この表記が良いのは、ひと目でベースになる音がわかること。CQならCだし、FQならFです。いかがですか?
 もしかしたら、というか絶対こういうことを考えている人は世界のどこかにいると思うのですが、自分が知る限りでは見当たらないので、とりあえず提唱してみました。
 今後4度和音が理論に組み込まれていく(というか、モード理論とかあるけど)過程があるなら、絶対に簡便なコード表記は必要になるはず。

 まあこういうのは広まらないと意味がないので、このローカルブログで言っていても仕方ないのですが(笑)、とりあえず、自分はこの表記で便利になるかどうか、自分で書いていく曲では使ってみてセルフ人体実験してみることにします。DAWのコメント機能でスコアに入れればいいだけだからね。何か新しい知見が生まれるかもしれないし、そうなったらまた報告します。

(世の中には5度堆積ってのもあるそうで、こっちは表記するとしたらPentaのPかな?)

(何か致命的に変なこと書いてないか、ちょっとドキドキ)(笑)

お宝雑誌が発掘された

 実家で古い雑誌を整理していたら、お宝(もちろん音楽的な意味で!)発見。
 ちょっと若手芸人感のあるこの方、どなただと思います?(色々と各方面で怒られそうだなぁ…)

 キーボーディストの向谷実さんでした!(すいませんすいません、土下座←大汗) 若い!細い!黒が似合う、カッコイイ。

 すごいなあー、弾いてるのモロにDX7ですね。ビンテージでも何でもない、現役機種だった頃だから。なんとこの雑誌、1988年5月号。リットー社の「KB Special」(今は休刊)。32年前ですよ。ほぇー。

 当時、CASIOPEAの最新アルバムだった「EUPHONY」にあわせての特集で、リットーの雑誌なので理論的に踏み込んだインタビューが載っています。それによると、「m7(b13)」がバンドサウンドにとって重要なファクターになっている、とのこと。4度堆積コードです。これは半音下降のような進行でdimの代わりに使っても、かなり上品で良い響きになる、と。
(しかし、当時読んでチンプンカンプンだったけど、まさか自分が理解できるようになるとは思わなかったw)

 他にも当時のCASIOPEAライブでのキーボード構成とか、巻頭にカラー特集で。まさにお宝中のお宝。こういうものは秘蔵して誰にも見せません(笑)。なんでも価値ある情報をシェアすると思ったら大間違いだよ。秘匿してライバルに差をつけろ!違うか。

 他の記事で、当時新進女性シンガーソングライターだった方のインタビューもあって、のけぞりました。LAレコーディングの6枚目新作アルバムの話。カラー写真、今と変ってないなー、驚異。32年経ってるのに、本当は絶対おかしいでしょ?
(しかしこのインタビュアーは、今読むと少し悪意がある気がする。ピアノは何曲弾いたの、とか、アレンジはどうしたの、とかやや詰問調。若手苛めって気もしないでもない。アーティストさんも大変だ。なおMajor7thコードがお好きということですw いいっすよねー)

 もう永久保存版ですね、ダンボール箱にしまい込んでいたので状態も良いです(外気に触れず酸化しない)。他にも清水信之さんや久石譲さんの連載とか、デヴィッド・ペイチとか。
 いやー、しかしびっくりしましたわ(w)。

(追記:まさかここを読んでいる人で向谷実さんを知らない人がいるとは思えないけど、日本を代表するミュージシャンの一人でっせ。最近では社長業の方でもよくメディアに出ておいでです)

面白ソングの系譜

 今少し思っていることをつらつらと。昔は面白ソング系の歌がいくつかあって、確固たる市民権を得ていたと思うが、今はほぼ消えてしまったなあ、と。いわゆるコミックソングではなく、発想がコミカルで面白い歌ですね。それでいて真面目なテーマを歌っていたりして、一粒で二度オイシイ的な。こういうのは邦楽だと歌謡曲とか、ムード歌謡にはよくあったと思います。洋楽だと、具体例としては……うーん、あんまいい例ではないかもしれんが、J・ガイルズ・バンドのCENTERFOLDとかね。ビートルズのLSDのやつとか銀の斧とか、まあすぐ思いつくだけで幾つかある。
 いまのJ-POPは非常にシリアスで、生真面目になりすぎている感はあるかもしれません。ポピュラー音楽はエンタメだね、ってところを忘れかけている気がする。

 で、まあ、配信でとある曲を聞いたらこの面白ソングだったので感心した、って話なのですが。これってセンスいるよな、って思う。一歩間違うとただの悪ふざけになっちゃうし。
 実はこれ、プロトタイプを聞いたときは、あんまり買ってなかったのですね。これだと芸人さんだよなあ、なんて失礼なことを思っていた(笑)。ところが、ちゃんとプロデューサーさんが引き受けて仕上げると、これが見事にセンスのいい面白ソングになっていて驚いたと、そういう話なのですよ(w)。やっぱりどんな優秀なシンガーソングライターさんでもプロデュースは必要だなあ、って思った。(自分で出来る人はいいのですが、一般的に自分を客観視するのは難しいと思う)
 心が裸になっている歌は、やっぱり聞き手に色々と刺さりますね。

 あっ、面白ソングはほぼ専門にやっている方々もみえますね、しかも売れているし。とすると、あんまり心配する必要もないってわけか(w)。
(去年、自分も面白ソングを書かせて貰いました←リリース済)

 こういうのは歌詞も難しい、悪ふざけになったり、逆に説教っぽく?なったりしないよう、歌詞も「音」であることがわかっている必要がある、実際作詞してるときは考えてませんが、これは音・語呂が悪いなって言葉は避けるもんね。

 POPSはエンタメ、ってところは、いつも忘れないようしていたいと思います。