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フシギな物体発見

 ドライブがてら、ちょっと遠くのホームセンターまで買い物に行ってきた。

 そこの駐車場はかなり広いのですが、その片隅になんだかユニットバス・ユニットというか、マイクロキャンピングカーというか、白いポッド状のものが置いてあって。
 以前も見かけたが、これ実は津波救命シェルターなんです。津波が来たらこの中に避難してハッチを閉じれば、とりあえず数日間は生きられますよ、的なやつ。その間に救助を待つ。
 お値段198万円から、上級国民専用。棺桶サイズの下級国民用もあるよ、こっちは70万円。
 面白いのでスマホで撮影してたら、外人っぽい人もきて撮り始めた。ちょっとした面白写真スポット? しかしこれはインスタ映えはしないなぁ。
 
 ふと、もしかしたら普段からここに引き篭もって生活していれば、東南海地震で大津波が来ても助かるかもな?……なんて思ったりね。
 まあ、自分みたいなもんは、こういうところで一人で曲を書いているのがお似合いなんですよ(w)。
 とはいえさすがにスタジオ代わりには使えないと思うが、案外DTM部屋としてはいいかも?なサイズ。ただ絶対防音ではないが(ヤマハさん、防音室アビテックスにシェルター機能付けて売るのは如何? ちょうどボートも作ってるしw)

 でも案外こういうのって、メンテもせず長年おいておくと、どこか不具合が出てきたりして、いざという時に錆びてハッチが開かないとか、逆に穴が開いて水が入ったきたとか、ギャグみたいなことが現実に起こりそう。耐久年数30年ってパネルに書いてあったが、これは安心料200万の対価としてどうなのか。(そして廃棄する時、またかなりのお金がかかるはず)

 うーん、これ、そもそも庭においておいたらさぞかし目立って恥ずかしいよな。やっぱり、いりません。潔く津波に流されますので(笑)。

(そもそも、名古屋の内陸部じゃ、東日本大震災のような津波はこないな)

花粉襲来

 今回は愚痴以外書きません(笑)。
 あー、とうとう花粉が来てまったがや~!(名古屋弁)。

 確定申告が終る前に一年で一番ユウウツな時期襲来、もっか絶賛症状爆発中。これから五月の連休まで、ずっとこんなんですよ、たまらん。鼻水・眼のチカチカ始め、アレルギー反応で微熱&身体がずっとダルい。これが3ヶ月も、つまり年の1/4なんだから。いかに半病人かわかるね、もう一人生きていくのがやっとですわ(汗)、これで音楽制作のために気張ってなかったら、寝込んでても不思議じゃない。アレルギーを抑える薬は強いのが多いから、副作用とかを考えるとあまり飲みたくないしね。
 例年、唯一やっている民間療法がヨーグルト食だし(←といってもばかにらないほど効くがw)、目薬差しながらがんばるしかない。

 この時期になるとヤフーの天気予報ページに花粉飛散(悲惨)予想が出るんだけど、明日はこの花粉マークが真っ赤(非常に多い)で、死にそう。既に今の時間(深夜)、尋常じゃない花粉が飛んでいるらしく、かなり眼と鼻に来てます。どうなるんだよ日中は。
 数年前に一度あったけど、さらにこの「上」の「猛烈に多い」って予報もあるからね。こうなるとアイコンはショッキングレッド(笑)、もう鼻水水道&眼激痛でまともに過せません(汚くてゴメン)。

 それにしてもこの歳になると、年中身体のどっかこっかが調子悪いし、そもそもインドア&病弱キャラなんで、もう騙し騙し過していくしかないのですわ。この時期日中の外出なんて自殺行為だからね(花粉被爆で超絶ダメージ食う)、まあ引きこもりつつ今後もつらつら曲書いていきますよ。ご同輩の皆様も頑張りすぎないように過ごしましょう。

 そういえば蛇足ながら、風の噂でいまメキシカンファッションがキテるらしい、って聞いたけど本当っすか? なるほど、その手の通販サイトみると、これがなかなか大人のお洒落&お手頃感。よーし今年(本年度)はメキシカンを追求するか。ちょうど、ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラスを見てて、今聞いても全く古びていないセンスに驚いて、制作中の楽曲に取り入れようとしていたところ。あれはソフィスティケイテッド・メキシカンですからね。シンクロニシティだね。
(メキシコってのは面白い国で、カリフォルニアと接しているところは砂漠だけど、カリブ海側はキューバと近く、音楽性も両者の融合っぽい)
 今年はマカロニウェスタンな気合いで花粉の季節を乗り切るぞー!おー!(とんでもない結論になったな)

レコード屋さんの思い出

 誰でもあることだろうけど、定期的に見る夢というものがあり(年に1度とか)、そんななかに、昔家族でやっていた小さな商店の夢、それも閉店間際で引き戸をほぼ閉めている時に、一人店番をしている夢というのがあった。照明も薄暗く、繁華街なのに人通りもなく、灰色でなんとも寂しい夢だが、不思議と懐かしい。この店、バブル時代前後までやってたんだけど、建物の老朽化で取り壊されてしまった。だからもう30年以上前のことなんですね。
 これを思い出したのは、「そういえばあの夢最近見てない」と思ったから(←ややこしいけど)。…というか夢自体を最近見てないが。

 なんでこんなことを書いたかというと、実はこの店の隣がレコード屋さんで、店番の間、ずいぶんと隣から曲が聞こえていたなあ、と。
 戦前からある長屋みたいな建物にずらっと店が入っていて、間口も狭いし扉もない(前面開放)のでそりゃあもうよく聞こえました(w)。

 だから、ここでも歌謡曲やら演歌やら、流行っているものは自動的に聞いてたんですね、偶然なかなか良い音楽環境にいたのかも。
 
 ここの店主が、お袋と同年代でなかなかお綺麗な方でした、今にして思えば昔業界にいたりしたのかなあ?、でも声がキンキン声で、よく隣りから「まぁたこんなレコード持ってきてェ、もっと売れる物持ってきなさいよォ」なんて営業に文句言ってるのが聞こえてました(笑)。
 間口こそ狭いが、場所は超一等地なので、随分と商品は回転させてたと思います、なので強気だったのでしょうね。

 そんな店なので、今でいうインストア・イベントも時々やっていて、といっても商品ぎっちりで場所がないので前の歩道で歌うんだけど、歌手の方が時々来ていたみたい。
 一度見たのは、お名前は覚えてないが女性演歌歌手が着物を着て、自分の写真の立て看板の横で、選挙候補みたいに名前のタスキをかけて歌っていたところ。着替える場所もないので、バンで直接来て、機材も降ろしてそこで歌っていたと思う。

 自分は見てないんだけど、記憶に間違いがなければあの八代亜紀さんも来たことがあるらしい。お袋の話だと、凄い人だかりで全く身動きがとれなかったと、流石に。そして物凄~くキレイだったそう。そりゃそうですよねえ、演歌でバリバリの頃ですね。

 こんな店だったので、前の歩道にいつも立て看板を2~3台は出していて、ここに流行りの曲やらイチ押し曲なんかのポスターもよく張ってありました。宣材は豊富、というかいつも捨てるほどあったらしく、クイーンのポスターも2~3回貰って勉強部屋に貼ってたなあ、そういえば。

 当時アニメ声優をして、それからデビューしたシンガーソングライターさんのアルバムポスターも、立て看板に貼ってあった気がする。このアニメ、ガチで見てました。当時二十歳そこそこで凄いなあと思ったが、自分はもう片方のヒロイン派でしたので(w)(←声優さんにファンレター書いたなあ)。実は、FMラジオで聞いたくらいで、ちゃんと聞いてないのですね、その頃もう自分は洋楽かインストばかり聞いてました。西海岸・東海岸フュージョン、ジャズ、ウェザーリポート、日本なら渡辺貞夫とかカシオペアとか(T)SQUAREとか。

 この店のことで、もっと色々面白い話を思い出したので、また機会があれば書いてみます。

衝撃の名古屋ニュース

 今回は雑談。
 最近ショックだったのは、名古屋人にはおなじみの百貨店「丸栄」の閉店。今月末での終了をつい先日知った。戦後早い時代からある老舗だったから、昭和生まれなら一度は親に連れられて行ったことがあるはず。昔は百貨店=一種のテーマパークだったから(屋上に遊園地があった)、子供心にワクワクしたもんです。あと玩具売り場ね、やっぱ。そして最後に、お昼の大食堂!(笑) 券売機でカツカレーとかAランチとか買って、給仕のお姉さんがちぎってくれるのを席で母親と待つ、あの時間の楽しみなことね。
(昭和生まれはゼッタイ共感してくれるでしょう)
 しかし大人になると(特に男性は)ほぼ行く用がなくなってしまうのも百貨店。よほどのセレブなら別ですが……。

 高度成長期からバブルの時代にはそりゃあもう、百貨店はどこも飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、丸栄もご多分にもれずバブル崩壊で800億の年商が半減、その後色々やって持ちこたえていたが、リーマンショックで止めを刺されたそうです。その後商社の傘下に入るが、建物の老朽化・耐震性の問題で、もう続ける体力もなく……ということらしい。
 前身の呉服屋から数えるとなんと400年、終わる時は一瞬ですわ。
(若い女性向け売り場を拡充した時は「ギャル栄」と言われた、と朝日に書いてあったが本当か?w あと丸栄が買収提携を嫌ったのは名古屋モンロー主義の賜物なんだと)

 これで名古屋百貨店四天王4M(名鉄・三越・丸栄・松坂屋)の一角が崩れるのか……ククク奴は最弱……と言いたいところだが、バブル前に既に「オリエンタル中村」が破綻して、三越に買収されてるし、なぜかメイエキの高島屋が入っていない。近鉄百貨店も入っていないので、結構変な呼称なんだよな4Mって。

 いまは超大型イオンモールが名古屋にもうじゃうじゃあるし、アピタ(これも同類)もあるし、このあたりは広大な駐車場を備えていて、ずいぶん客を奪っているでしょう。それでもまあ百貨店はこの時代でもうまく商売してきたんだなあ、という印象。ただ、オリエンタルの件もそうだけど、コケる時はいつであれ一瞬。
 考えたら百貨店とは資本主義社会が生んだ小売店の王者、みたいなもんなんですね。丸栄閉店は不景気故、と安易に書きそうになるが、名古屋は今世紀ずっと結構景気いいんですよ。トヨタを始め産業機械・ロボットなんかも絶好調だからね、中部圏は伝統的に物作りが強いのです。

 老朽オフィスビルの更新→再開発なんかで、今はメイエキ(名古屋駅)周辺の方が勢いあるかもしんない、リニアもくるしね。そんなこんなで客足を奪われたか?
 200万都市に百貨店6つは多すぎたのかもしれない。(もちろん中部圏すべてが商圏ですが…)

 丸栄って確かエントランスにパイプオルガンがあったはず、と思って調べたらマッサカヤ(松坂屋)でした。

●追記
 上で書いたような屋上遊園地~大食堂みたいな光景はせいぜいバブルまで、だったかと。だからバブルというのは日本を変えたんだなあ、としみじみ。

 マッサカヤのオルガンの動画、ありました。土日祝に1日4回演奏してるそう。