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オーディオアンプご臨終

 花粉が身体を直撃!ここ数日はヘロヘロです。今年は鼻水はそうでもないが、身体のだるさはなかなか半端ない。
 そして確定申告の作業も続く。もちろん本業のお仕事も。そんな合間を縫って音楽制作は止まらず進んでいくわけです。

 久々に制作曲を焼いたCDを実家の古いステレオコンポで再生してたんです。目的の曲を聞き終わって、次のCDを入れたら、なんだか急に音が出ない。CDプレイヤーは正常そうなのに、アンプかスピーカー接触が悪いのかな?と(いつものこと)カチャカチャやってみたが影響なし。そうこうするうちに、アンプの通気口からなんだか焼け焦げるような臭いが……これは半田か? ヤバイ、ってことですぐ電源切ってコンセント抜きました。
 ヒューズが飛んだわけでもなし、どこか部品が溶けたんだろうと(w)。
 とうとうこの日が来たか、まあ以前も書いた40年物のプリメインアンプなので、逆によくここまで持った、ご苦労さんといいたい。なんせメーカーは「TRIO」……「KENWOOD」の前身です。もう今の人は知らんよな。調べたら社名変更は1986年で、その数年前に買ってるから、下手をすると45年超えているなあ。
 もう修理もできそうにないし、このまま引退させることにした。スイッチやボリューム類もガリや接触不良でほぼ限界でした。
 あまりに古い電化製品は危険だよって話でした。火災にでもなったら最悪だもんな。
 しかし’80年代頃のオーディオ製品の頑丈さといったら、まあ奇跡ですね。日本の絶頂期と重なっているんだよなあ。

晩冬の雑談

 ついに来たスギ花粉の季節。数日前、昼間ちょっと窓を開けたら、目がシカシカしたのでイヤな予感がしてたけど(無論すぐ洗眼)、ヤフーの天気予報で花粉情報がスタート。このアイコンが青からだんだん赤く(危険に)なっていくんだよなあ。今年は例年より飛散が多いそう。更にもうすぐ中国からPM2.5やら黄砂が飛んでくるし(皆もう忘れてそうw)、コロナもあるしどうなりますか。花粉で涙が出たときに手でこするとウイルス感染リスクが高まるんだそうですね。鼻をかむときに顔を触るのも危ない。なんだこのアウエー感は。しかも自分はアレルギー反応で身体が熱っぽくなるんだけど、これもコロナと間違えやすい。花粉症持ちは生存率が下がりそう。いつまで生きられるか、音楽を作り続けられるのか。本当にわからない時代になりました。いきなり花粉で身体がだるいよ今週は本格悲惨(飛散)くるぞ。

 たまたま通りがかった近所の通学路に、行政の監視カメラが設置されてるのを発見。こういうの、やはり今の時代は必要ですね。用心悪いもんね。昔は人を監視するなんてケシカランと思ってたが、凶悪犯罪がカメラの情報で解決されたりするのを見ると、もう反対できない(例の池袋上級暴走もこれで一目瞭然だった)。これも都市生活をしていく上での一種の受忍義務なんでしょう。だからというわけではないが、ウチも付けた。
 ただし、今はまだ録画して何かあったらビデオを使うという段階だけど、多数の公共カメラが有機的に結びつけられてAIで顔認証やら車のナンバー認証(は、もうあるけど)をリアルタイムでするようになったら、かなり怖い世界になることも確か。もう中国はやっているそうだけど。安全を取るかプライバシーを取るか。(中国だって共産党の偉い人は監視されないんだろう)

 ローカルのTV番組のバラエティで、愛知の偉人特集みたいなのをやっていて、国産弦楽器メーカーの「鈴木バイオリン」を創業した鈴木政吉の話が流れていた。実はこの会社、ウチの結構近くにあって(歩いていける距離)、なんだか訳もなく誇らしかったが(w)、数年前老朽化で取り壊して移転してしまったのですね。一度今池あたりに移ったと思ったが、そこも仮社屋だったらしく、現在は大府らしい。明治時代に独学でバイオリンを作り始めて創業、どんどん品質を上げていった。第一次世界大戦で楽器大国のドイツが壊滅的な打撃を受けたため、代わりに海外からの発注が激増。競合他社とともに、一時期は年に15万本もの弦楽器を愛知県で作っていたらしい。宮澤賢治のセロもここのやつでした(当時国内で買えた最高級品)。あとアインシュタインもここのバイオリンを愛用してたそうで、直筆のお礼の手紙が残っているそう。
 中部地方の物作りの伝統は楽器にも生かされているのです。(ヤマハ、カワイもこの地方ですよ。今はローランドも浜松ですね)

アルゴリズムの罠

 最近ネットメディアの記事で知った話。かなり驚いたのでご紹介。

 Youtubeのお勧め動画のアルゴリズム(簡単にいうとAI的なやつ)ですが、あれは「好きな(と思われる)動画」が出てくるだけではないですね。なんと「嫌いな(と思われる)動画」も出てくることがあるのだそうです。その理由は、視聴者を「なんだこれは!」みたいに怒らせて、思わずクリックするよう仕向けること。そうすれば(怒りながらも)動画を見れば、サイトの滞在時間を延ばせる。むろんそれで広告を入れるタイミングが増えるわけです。

 実はこれは腑に落ちることもあって、一時期(結構長く、1年位かなぁ?)、いつもアクセスする度に特定の差別動画がお勧めに出てきて、まんまと「なんでこんな酷い動画が出るんだ」と怒ってました。サムネイルを見るだけで怖気を震うような差別コンテンツだったので、幸いクリックしませんでしたが。
 そうこうするうちに出なくなったので、ようやくアルゴリズムがあきらめたか、と思ってたが、どうやら違っていた。この時期、某巨大掲示板で差別・ネ●ウ●動画通報祭りがあって、それで関連動画と共に削除された模様。
(チャンネルごと消えた動画多数、その後主催者たちは何の未練もなく料理動画投稿などに「転向」したという。つまり思想関係なく広告費欲しさのビジネスだった。通報って結構効くんですね)
 まあそれはいいとして、もしクリックしていたら最後、次々にこちらを怒らせるような差別・デマ動画が出てきたのでしょう。

 ここまでアルゴリズムが狡猾だとは思わなかったのでかなり驚いた。ビッグデータで、そういう傾向を掴んで戦略に組み入れられたわけでしょう。油断も隙もありゃしない。
 こうなると、超AIなんかが出てきても人類は知らない間にマインドコントールで支配されちゃうかもしれない。それが一番楽だからね。あっ、これ陰謀論か(w)。

 ネット上のその種の言論やデマに免疫があるのは、せいぜい僕らより10歳位上の世代までで、自分らの親世代だと全く赤子のようにまっさらだからかなり危ない。実際、老いた親がその種の動画に支配されておかしくなってしまった、という話は何年か前からちょくちょく見ますね(今回のトランプ騒動でも同じ)。
 このブログを読んでいる人であれば大丈夫だろうけど、周りの人がそうならないよう、是非気をつけてあげて下さい。人々が騙されるもの=昔マスコミ、今ネット。

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トレッキー映画

 映画「500ページの夢の束」(原題:Please Stand By)を観た。スタートレックマニアで自閉症の女の子が、コンテストに応募するため書き上げたスタトレ脚本を持って、家出同然にロスへ向けてバスの旅に出る話。まさにロードムービー。パロディを絡めたコメディなのかな?と思ったら、非常に真面目で暖かい話でした。てか、前半くらいの何でもないシーンで涙腺崩壊しちゃって困った(w)。歳をとったなワテも…。自分の書いた脚本を思い出しながらふとショッピングモールの天窓を見上げるところ、グループホームからこっそり抜け出すために必死に準備しているところ、とかね。クリエイターあるあるです。主人公はスポックに自分を重ね合わせているんですね(感情が制御できなくなる←→感情に手を焼いている)。“初めてのおつかい”であり、それと多分「レインマン」も意識してる。(主人公の姉は、新スタトレ2作目で提督の娘を演じていた人でした。心憎い配役) クリンゴン語で主人公と警官が会話するシーンがあったり、なかなかの楽しさ。こんな映画が成立しちゃうほどスタトレはアメリカ社会に浸透しているんですね。
 蛇足ですが、オリジナルシリーズのブリッジの様子から見ても(人種のるつぼ、異星人までいる)、スタートレックはアメリカの最も良い時代の雰囲気を体現していたドラマだったかもしれません。
(日本だと、良く似た経緯で長大なシリーズ化したタイトルは、「機動戦士ガンダム」ですね)

暖かい週末の近況

 スマホで歌詞や小説を書いたりしている方がいたら、せめてタブレットにした方が効率良いし、目も悪くならないよ、ってアドバイスした方がいいんだろうか。でもタブレットも大概目が痛くなるからね(スマホよりはマシだが)。自分の場合、思いついた歌詞の断片をスマホに書いていたら、使っていたメモ帳アプリがいつの間にか配信停止、しかも誤ってデータを消すという大失態を経験したので、それ以来スマホ大の“リアル”メモ帳に書いています。
(メロディの断片も口笛で録音していたのでそいつも消えた。といっても時間が経つと「なんじゃこら?」ってのも多いですが。大抵新しく考えてる)

 リブート版のスタートレック映画見てたら、3作目で操舵士スールーの恋人(パートナー)として、ちらっと男性が出てくるんですね。つまり男同士のカップルってこと。これはオリジナルシリーズでスールー(ミスターカトー)を演じていたジョージ・タケイが近年ゲイであることを公表した影響らしいが、これにタケイは怒ってコメントを出してたんですね。余計なことをするな、自分はノーマルの男性として演じたのにとw なかなか作品愛があって素晴らしい話です。それにしてもリブート2作目後にスポックのレナード・ニモイが亡くなってるし、リブートでチェコフ役の人もなんと事故で3作目公開前に亡くなっているとのこと。新しいスポック役の人はなかなか良いと思う、ウーフラと恋人同士だが倦怠期で喧嘩。ドクターのアドバイスは「地球の女が“私が悪いの”という時は大抵男が悪い」。

 ディアンジェロの「ブラック・メサイア」を聴いている。画一的にプロダクション処理されたR&B・ブラコン音楽へのアンチテーゼですね、世間で言われている通り。近年のこの種の音楽は音質から曲調まで金太郎飴で、どれを聞いても同じに聞こえる状態なので。たぶん音質の良くないレコーダー(テープかな?)で一発録りを多様している感じ(もしProToolsなら夢がないなーw)。画一的なアレンジやミックスを拒否してあえて生々しいアーティストの肉声を残してるんだなあと思う。まあ、敢えてヒネたことをいえば、そういう処理を選択した(これも)大量生産商品なんですが。とはいえもちろんなかなか骨のある人で素晴らしい。ピカピカに磨き上げられたプロダクションミュージックではなく、隙だらけの宅録的なものが逆に受け入れられているというのは興味深い。インディーズアーティストでも、凝ったフルアレンジの曲が、シンプルなピアノの弾き語りで新たな顔を見せることだってあります。だから音楽は面白い。

年末年始の音楽番組

 紅白歌合戦少しだけ見てたけど、なんとか話題のYOASOBIのパフォーマンスを見られました。「夜に駆ける」って初めてちゃんと聞いたけど、こういう歌だったのか。ラップかと思われるくらいギッチリ歌詞を詰め込んだ、いかにも現代的な、というかモロにボカロ曲っぽいナンバーだと思った。メロについては息継ぎや歌いやすさ無視だもんね。ボーカルの人は非常に達者だったと思う、TV初出演とはいえYotubeなんかでライブみたいな動画も上げてたそうですね。あと、曲調としてはちょっと70年代洋楽の影が見えますね。もっともベースやドラムは現代ロックな感じだけど。まあ、世間ではあんまり気付かれてないようだけど、あれは「演奏のフリ」で実際は演奏してませんから…。失敗を避けることを考えたら仕方ないのかな。ボーカルは確かに生でしたよ。今後が非常に楽しみなユニットでした。

 あと、その直前に歌ってたOfficial髭男dismも見られたましたが、こっちも昔の洋楽っぽい感じがある。こちらもピアノとボーカルだけは生ですが、他はアテフリだったと思いました。こういうのNHKでは流行なのかな。(ピアノもちょっと怪しいな?)
 以上ボヤッとした感想です、妄言多謝。

 元日夜のNHK-FMの「坂本龍一ニューイヤー・スペシャル」、途中から拝聴。ちょうどスイッチ入れたら生演奏の途中だったらしく、効果音の紹介?それとも「音の風景」(お馴染みラジオ番組)かと思いました。面目次第もござらぬ。ノイズミュージックですね。調性や音程・リズムに捉われないやつ。しかし自分には難解でした。作曲家の大伴良英さんとのコラボだったのですが、そのあとの対談で、演奏中にどうしても自意識が邪魔になる、音楽的な経験から頭でつい考えてしまうから、無意識にまで持っていきたい、というお話が興味深かった。(お二人とも、作曲家と同時に演奏家でもあられるので)
 関連して坂本さんが、花鳥風月ってどうですかと大伴さんに質問。若い時は「けっ」なんて思ってたが、50歳を過ぎてからあるとき何でもない鳥の美しさにハッとした、それから身近な自然の流れを意識するようになった、とのこと。もしやノイズ音楽の理想ということでしょうか。あと一番身近な自然は人間の(自分の)身体である、というお話。
(今ようやく気付いたが、この対談自体もノイズ音楽の一種だったといえるかも。調性(統一性)とかなかったしw 深い!)

 二人目のゲストは人文学者の先生で、ベートーヴェンの第九の成り立ちと、「喜びの歌」の歌詞に衝撃的な一節がある話。「この喜びの輪に加われぬ者は泣きながら去れ」みたいな排斥の論理を叫ぶ箇所があり、これはドイツのナチズムにも関連していたのではないかという指摘(実際にフルトベングラーがナチズム下のドイツで演奏した音源が流れ、これは歴史的な名演と言われているそう)。あるいはベートーヴェンは人間社会の光と影を織り込みたかったかという、先生の指摘。

(私見ながら、第九レベルの芸術作品でしたら、あんまり表層的な解釈はしないほうが良いように思いますが。色んな解釈を許す深みがあるので)

 このあたりで時間切れでした。
 なかなか濃い年末年始でした、ってもうひとつ書こうと思っていたがまた次回。

年の瀬

 雑談ネタ書くよ。That’s 談。ツカミはオッケー。

 秋口くらいから、ガスコンロの火の付きが悪く、それがだんだん悪化していって、毎回1~3分も点火にかかるようになった(誇張ではなく)。下手するとコンロの前で5分くらい付いたり消えたりをやっている(w)。精神衛生上非常に悪かったが、掃除しても変わらないし、もしやと思って蓋を開けて電池を替えてみたら、一瞬で点火するようになった……のだが、やはり一度は必ず消えたりする。うーん古いから仕方ないのか。どうもガス会社はガスの圧力を時間帯で変えている気がする。食事時は高い(ので、すぐ着火)、そして深夜は低い。国中カーボンフリーになったらガスも使えなくなったりして? 税制で圧力掛けられる可能性はあるよな。

 実家の庭いじりの話。縁側に常緑樹が迫ってきてて、またそろそろ切らなくちゃと思っていたら、なんとその辺りに寒椿がぽつぽつ花を付けました。しかも紅白二色。こんな時期にも咲くんですね(←だから寒椿というらしい)。こうなるとしばらく切れないなあ。考えたらお正月にはお目出度い色の組み合わせか? ほぼ手入れしてないのによく育つもんです。
 そういえばあれだけ毎日出入りしていた野良猫軍団が最近姿を見なくなった。どこかに拾われたのならいいけど。見なけりゃ見ないで心配になるんですねw

 ある仮歌シンガーさんのデモ動画を見ていたら、伴奏のアコースティックギターの男性が、ギターを裏返して膝に乗せて、ギターのボディをカホンのようにポコポコ叩いているのを見てビックリ(w)。いや、いい音はしますが、そんなことしたらボディが歪んで悪い影響があるんじゃ……。どうでもいいような安ギターには見えないし。ストラップで下げているギターをポンポンと軽く叩くようなやつは良く見ますが、これは初めて(完全にパーカッション扱い)。やっぱり駄目だよねこれ……(ちなみ、アコギをポコポコするあれは、スラム奏法というんだそうですね)。ご本人が音楽的に必要だと思うなら仕方ないが、ここまで叩きまくるならやはりカホンおすすめだなあ。何よりヒヤヒヤして見ていられない。楽器は大切にしましょう。
(思ったがジャンクギターをリフォームしてパーカッションにしたら面白いかも?)

(おまけ→このスラム奏法、ボディだけじゃなく弦を叩いたりもすることがあるみたいですね。あと弾き方もタッピングが入ってきたり。ギターの痛みが早い奏法という気はするw)

「自己責任論」の嘘と限界

 今回またちょっと社会ネタ。朝日新聞的な?やつ。

 コロナ、依然として収まる気配がない、どころか緊急事態宣言の瀬戸際ですが、今回の一連の政府の呼びかけを見ていて気付いたことがあって。それは、あれだけ「自己責任」を連呼していた政府が、一切それを言わなくなってるということ。それどころか、社会で暮らしている他の人のことを考えて、マスクをして下さい、感染予防に協力してください、とくる。もちろん自分は大賛成ですが、あんなに「病気する奴は自己責任!仕事ない奴は自己責任!」と叫びながら社会保障を削りまくっていた政府与党なのに、おかしな話です。まあ都合の良いこと。

 結局人間は社会的な動物で、決して一人で暮らしているわけでなく、みんな社会の中でそれぞれの役割があってそれで世の中回っている、ということを強烈に思い出させてくれる状況になりました。
 どんなに感染予防に気をつけて引き篭もっていても、社会インフラを誰かが維持しないと暮らしていけないですよね?
 だから、社会は助け合いで回っているのですね。なんでもかんでも自己責任なんて叫ぶ風潮は間違いでした。これはハッキリ書いておいたほうがいいけど、自民党の小泉竹中政権から始まったことですからね。
 あの時に改革だ!痛みに耐えなければならない!と言われてみんな票を入れたわけだけど、誰も自分のところに「痛み」が来るとは思っていなかった。誰か他の人のところに行くと思っていた。ところが事実は、みんなのところに平等に来た。上級国民以外は(w)。
(まあ自分は票入れてないけど、絶対嘘だと思っていたので。「自民党をぶっ壊す」と小泉は言っていたが、事実は「日本をぶっ壊す」でしたね)

 もうそろそろこの時のスローガンだった「自己責任論」は完全に間違いだった、とみんな認識した方がいい。社会は助け合い、支えあいで回っています。お金がどれだけあっても社会システムが止まったらみんな死亡ですよ。それが現代文明なので。「相互扶助」こそが本当に大切にされるべきキーワードです。

 今の与党はもともと強い者はより強く(=お金持ちはよりお金持ちに)、弱い者はさらに虐げよう、という政党なので、上級国民様以外の僕ら庶民は相手にされてないのだよ(新自由主義だよね)。むしろいかに金を搾りとって上級に回すか、ということに腐心している方々です。
 しかも愛国?の看板だけでやっていることは驚くべき売国だし、庶民が積極的に支持する理由がない。

 ま、たとえ今の野党が与党になっても、官僚システムがある限り税金ちょろまかしは変わらないし(アベノマスクの収支をみよ、隙あらば裏金作り)、どうしようもないかもしれない。それにしても自己責任論なんて絶対に間違いだから、またコロナ騒動が収まって息を吹き返さないうちに、トドメを刺しておいたほうがいいですね。

(ついで言うと、今の社会は強い者を優遇しすぎた結果、富が独占されてしまって、お金が社会の中で回らなくなってしまった。お金=資本主義社会の血液を、一部の者だけがタンカー一杯に溜め込んでいる状態。これじゃあ身体=社会が弱る一方だよね、そりゃ。ちゃんと政府が吐き出させて血液を全身に回さないと。それが出来ていたのが日本の高度成長期ですよ。これはアメリカも同じ、というか極端に酷いが。この愚行を日本で始めたのが、繰り返しになるが小泉・竹中政権です。
 ……また床屋政談だって? アーアー聞コエナイー)

巨大SNSと言論規制

 今回はなんとなくWIRED誌っぽいネタをGIGAZINE風に書いてみよう。違うか。

 トランプによるデマツイートとTwitter社の警告ラベル案件、Qアノンやユダヤ人差別のグループを排除したFacebook、そしてやはり不正選挙陰謀論などの動画を削除したYoutubeと、巨大SNSによる言論規制の動きが続いていますが。

 本当はどこの会社もやりたくないと思うんだよね、そうすることで色々と批判を浴びるし、トランプによる圧力もある。最悪訴訟も覚悟しなくちゃいけないし、監視にはお金も人員も必要。何より、人を驚かせるようなデマや陰謀論は、SNS企業としては実は推奨したいくらいの「優良コンテンツ」でしょう。それでSNS利用時間が延びて広告も一杯入れられるからね。
 だから従来は放置していたんだけど、流石に社会に(世界に)悪影響が強すぎて、放置すれば国が大混乱に陥る可能性が現実に出てきた。それでようやく重い腰を上げたということでしょう。トランプが去ったあと、今後同じことが起こる可能性はあまり高くないが、それでもどうなるかはわからない。社会の情報インフラとして、GAFAも管理責任が発生するような事態になってしまったのですね。それだけ影響力が拡大したということもであって、世界を壊しかねない力があると今回露見した。言うまでもなく歴史上初めてのことです。

 むろん自分も民主主義国家に生きる者の一人だから、言論の自由は最大限尊重されるべきだと思いますが、今回の巨大SNSの規制・統制については賛成します。よく言われることだが自由には責任が付いてきますし、様々な人々が暮らす社会の中で生きている以上、一定の規範はあるべきです。(例えば、差別・陰謀論・デマなどは、言論の自由のうちには入りません。むしろ言論テロ・情報テロでしょう。困ったことにトランプはこの3つを兼ね備えていたんだけどw)
 言うまでもなく、これらについてどう判断するかは非常に微妙な問題もあり、だからこそ連中もやりたくなかったのだろうが、今後は言論機関並みの判断を迫られるシーンも増えるでしょう。(だから一部のファクトチェックで外部の機関と連携する動きもある)

 やりすぎればそれは簡単に言論統制になるし、政府が悪用すれば中国のSNSのようなデジタルディストピアになります。あれは天安門事件や習近平批判は、例え隠語を使ってもたちどころにAIが発見して削除されてしまうそうですね。下手をすれば公安が家に踏み込んできて、そのまま行方不明です。(クマのプーさんの写真が削除されるのだから呆れます。習近平が気にするからですねw)

 いってみればトランプのツイートと選挙陰謀論規制は、巨大SNSにとってパンドラの箱を開けてしまったようなものでしょう。言論の自由と社会規範の闘いという、無限の泥沼にはまりました。もう旨い商売ではなくなっていく可能性もあります。独禁法違反でもダメージがありそうですしね。

 まさか’90年代半ばにアメリカの通信品位法を巨大違憲訴訟で(事実上)潰した時には、こんなことになるなんて思わなかったでしょう。あの時の原告はアメリカのIT企業・言論機関総出のドリームチームでした。通信(コンテンツ)を政府が一切検閲するな、という訴訟だったから。
 時代の流れとともに社会も規制への考え方も変わっていくんですね。特に世界がIT化してから変化の速度は大きくなっていると感じます。

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サイト開設3周年

 年末になると、サイトの年次契約更新がやってくるので、ちょうど1年経ったとわかる仕掛けDEATH。ということでサイト開設3周年です。この1年は作曲家として激動の年で、様々な大きなことがありました。来年はどうなるかまだ五里霧中ですが、変わらず良い音楽だけを作っていきたいと思います。
 しかしコロナのことがあるので、自分もいい歳だし、本当に明日がどうなるかわかったものではないですね。気を引き締めて、それでもあんまり思い詰めても駄目なので、ふらふらゆらゆらしながら暮らしていきたい。最近寝起きは眩暈がしてますわw(低血圧なので……)

 こんな時にお名前を出すのも畏れ多いが、実は冨田勲先生も低血圧体質であられたらしい。それで(かどうか?)、鷲のマークの大正製薬・リボビタンDを愛用されていたらしい。この話を聞いたときは嬉しかったなあ、自分も正に同じものを愛飲していたので(w)。あれは軽い気つけ薬としてもってこいなんですよね。……この話以前も書いたなw まあ同じ体質の人は意外と合法ドラッグ=栄養ドリンクは莫迦にできないよ、って話です、お勧めです。

 いやもう、いかに健康が大切かってことはこの歳になってしみじみ思いますわ。来年は健康も音楽制作と一緒に追及しよう。あっ、最後に誰も興味のないおじさんの体重情報。今日はもう35年振りくらいの驚きのベスト体重。ちょっと絞りすぎでびっくりですわ。

 雪のちらついた極寒の名古屋より。ちょっと気が早いが皆様よい年末年始をお過ごし下さい。