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デモ曲追加・アコースティックAOR

 くしゃみ連発花粉症の春の午後、またデモ曲追加です。

「憶えていても」

 ベース以外アコースティック楽器だけを使ったAORを書いてみました。ある部分ボサノバですが、ミームとしてはやはりAORの方が強い。アレンジのニュアンスでどうとでも変わるのが面白い。

 歌は「ぱらちゃん」さんに歌って頂きました。なかなか難易度の高いトラックを見事に仕上げて頂きました。歌は独学だそうですが、そのせいか非常に良い個性をお持ちの方です。

 今回は音圧を上げず音量はしっかり稼ぐマスタリングをしてみた。なので歪み感ほぼないはず。

有名ジャズレーベルの秘密(3)

 2週に渡ってラジオで続きを聞いていたんだけど、これまたジャズの代表的レーベル「Riverside」と「ECM」の話では、極めてまともでお笑い要素ゼロでした(本来それが当たり前で、Prestigeが面白すぎたw)。

 まずRiversideの特徴は、ジャズ評論家がレーベルを取り仕切っていた(経営は社長が別にいて、そちらで行っていたらしい)。ジャズ評論家というと一見マニアックな方向に進みそうだが、実際は逆で、業界全体、一般音楽ファンまで見据えてバランスの取れたレーベル運営やプロデュースを行った。例えばBLUENOTEやPrestigeで録音したが目が出なかったセロニアス・モンクを、良質なプロデュースでブレイクさせた。また地方のファンしか知らなかったウェス・モンゴメリーを拾い上げて録音し、これまた大ブレイクさせた。またビル・エヴァンスの絶頂期を捉え録音した。

「ECM」はヨーロッパ発(ドイツ)のレーベルだが、なんと創設者はベルリンフィルでコントラバスを弾いていた人。なので(これも有名だけど)楽器の原音に近いナチュラルで透明感のある録音で、音を「作って」いるアメリカのレーベルとは一線を画した。ただ、若干の演出はあるそうで、自分もリバーブは掛けていると思います(スタジオアンビエンスだけではない)。録音はノルウェーのオスロが多いそう。チック・コリアのソロピアノやキース・ジャレットの録音など、独自性のある数々の名盤を出している。ヤン・ガルバレク等、欧州勢の紹介にも積極的。

 ……ね、まともでしょ?(w) 本来いちジャズマニアやコレクターがレーベル運営しようというのは、おかしな話ではありました。それがBLUENOTEやPrestigeなんだよなあ。
 これでレーベル系の話はおしまいのようです。
 あと、書き忘れていたけど、今のいかにもジャズアルバムっぽいジャケットのアートワークってありますが、あれはBLUENOTEが元祖だそうです。そういった意味でも、ジャズのイメージを決定づけたレーベルといえそうです。

映画「YESTERDAY」と音楽業界

 イギリス映画「YESTERDAY」を観た。売れないシンガーソングライターが、ビートルズが存在しない世界に飛ばれてしまい、そこでビートルズナンバーを歌って成り上がっていく話です。あらすじだけ聞くとなんだかなぁ……で、自分もあんまり期待せずに見たのですが、音楽業界のディテールやラストの決着が見事で、楽しめました。ということでその辺りを絡めて書いてみたい(以下ネタバレ)。

 主人公は本当にショボくれた感じで、多分30歳の壁の前で辞めようと思っていた矢先、ビートルズ曲のお陰でライブハウスで大ウケに。といってもそこから人気が広がるわけでもない。
 そこへ、マネージャー兼女友達が、ある男性から名刺を渡されるが、この人は自宅に小さなスタジオを持つ(たぶん)フリーのエンジニア。感動したのでぜひ手伝いたいと、そこで無料でレコーディング&ミキシングしてもらい、ビートルズ曲の詰まった自主制作CDを作る。
 そのCDをバイト先のスーパーで片っ端から客にタダで配り、ようやく少し名前が街で知られるようになる。これで自分も全国区に……という期待とは裏腹に、ローカルTVに出られるくらいで、そこでも「街の人気者」扱い。曲は超一流なのに売れないのは自分の問題だ……と落ち込むのですね。
(この時点でWebサイトもあり、そこで曲も聞けるようになっていたと思う)

 もしこのままならこれで終りですが、そこは映画なのでw、(本人役で出演の)エド・シーランがテレビを見てて、実はご近所さんで主人公の家へやってくる。なんと自分のロシアツアーの前座で歌ってくれ、という。ここから主人公の大成功物語が始まるのですが、これも前座で大ウケし、大手プロダクションのシーランの女マネが目をつけたから、なんですね。
 いくら曲が良くても、自主的に活動する限りは、まず大スターまで上り詰めることは無理、という厳しい現実が、映画のストーリーの中に巧みに組み込まれているワケ。(皆無とは言いません、実際今はあるので。いずれにせよどこかの段階でメジャーに所属するという形になると思います)

 この女マネが、LAに呼びつけた主人公に、「今からあなたに毒杯を飲ませる。飲めば名声もお金も手に入る。さあ毒杯をくれと言いなさい」と迫るんですよ(w)。(書き忘れていたが、主人公はイギリス在住、元の女マネとは告白されたが別れている)。正に悪魔の誘いだが、その意味はすぐ明らかになる。
 LAの最新鋭の設備が揃った巨大スタジオ(ほぼホール大)でのレコーディング、メディアでの大宣伝とネット先行配信のあと、いよいよCDアルバムの制作・発売。100人もの人間が出席する最高宣伝戦略会議(ほぼ洗脳セミナーのノリ)で、メディア総動員のプロモーションが決定・開催される…。まさに毒杯で、飲む覚悟がないと対処できないでしょう。巨大資金と人員を投入した活動で、大スターが「作られる」過程なわけです。むろん曲が良いのは前提だが、これでも実際は売れない人も多いわけで…。
 つまり主人公はあからさまに「商品」となり、大ビジネスの中心に据え付けられる。これが現代の音楽ビジネスなんだな、とわかる仕掛けでした。

 実はこういった世界的な大ビジネスに音楽を仕立て上げたのは、誰であろうビートルズだったと言われますね。そのあたりも製作陣は意識しているのでしょう。
 物語は、主人公の他にもいた元の世界からの迷い込み組の訪問や、意外な人物の最高に格好いいアドバイスがクライマックスとなり、実に良い落としどころへ収まります。監督は大のビートルズファンだそうで、これが描きたかったのかもしれない。
 なかなか爽やかなコメディでした、このブログの読者なら多分面白いと思いますよ。いまアマプラで見れるので、機会があれば。

(主人公は、有名になればなるほど孤独になっていく。大スターはみんなそれに耐えて音楽活動をしているわけでしょう。だから、時々心を病んでしまう人も出てくるんですね。やっぱり欧州の映画は深いな。
 あと、今は曲は十数人で書くのに(コライト→チーム作曲)、お前は一人で曲を書いているのか…と言われるシーンが面白かった)

有名ジャズレーベルの秘密(2)

 前回最後に書いた放任主義のレーベル、これはもう完璧主義の「BLUE NOTE」とは全てが正反対だったそうですが、その名はなんと……「Prestige」。おい待て嘘だろ、とジャズ好きの方は言われるかもしれませんが、後藤雅洋氏の話によればそうだったらしい。あの一杯名盤を出しているレーベルが、驚きですね。
 BLUENOTEは移民のA・ライオンが設立したのですが、Prestigeはアメリカ人のレコードコレクターのB・ワインストックが設立。やはりここも当時は中小企業で(インディーズといった方が多分早い)、初回刷り枚数は500-1000枚がせいぜいだった。
 ここはレコーディングに当たってリハをほとんど、あるいは一切やらせなかったらしい(w)。とにかくテープを回して、ミュージシャンを放り込んで好き勝手にやらせて一丁上がり、という方針。プロデュースも何もないです、時間(金)が惜しかったのだろうな。スタジオだって時間貸し。
 それでもあれだけ名盤を出せたのは、一重に時代状況が良かったせい。1950年代中盤のマイルス・デイヴィス・クインテットが典型だけど、今から考えると世界的なプレイヤーが壮年期でノリにノっている時なんです。そんな人達がスタジオで好きにやっていいと言われたら……もうわかりますね。モダンジャズが芸術として花開いていく時代だったし、それを無造作に記録するだけで、世界中のミュージシャンが今でも聖典と崇める名盤が次々と生まれてしまったのです。
 ドイツの完璧主義から生まれたのがBLUENOTEなら、正にアメリカの実践主義から生まれたのがPrestigeだったわけ。

 後藤氏によると、マイルス・クインテットには面白い逸話があって、当時Prestigeと契約していたんだけど、なんとメジャーレーベルのCOLUMBIAと契約が取れてしまった。それでマイルスはPrestigeとのレコーディング契約を一刻も早く消化しようと、2日で4枚のアルバムを録音してしまった(w)。無論リハなんて一切なかったらしいが、これでも名盤が生まれてしまう、当時の状況なら当然ともいえるでしょう。(曲が流れていましたが、さすがに若き日のコルトレーンも準備不足で冴えないソロでした、初見だったかもしれんw)無茶するわー、この人。

 こんな感じだったので、売れるかどうかわからないミュージシャンもスタジオに放り込まれて録音ができた(ある意味幸運)。結果玉石混淆なんだけど、後に有名になっていく人もいて、その代表格がエリック・ドルフィーだったとのこと。
 なおここは運営も緩いが金払いも(悪い意味で)緩かったらしく、ギャラ未払いを連発していたらしい(w)。もしかして当時の名盤でギャラを貰ってないプレイヤーがいたかもしれません。
 また何かラジオで聞いたら書きますね。(番組名→NHKR2カルチャーラジオ~「今、もう一度ジャズ入門」)

有名ジャズレーベルの秘密

 ラジオで聞いた面白い話。ジャズ評論家の後藤雅洋氏によると、世界屈指といっていいジャズレーベル、アメリカの「BLUE NOTE」ですが、始めの頃は本当に中小企業のような感じで、レコードの刷り枚数も初回500枚とか1000枚だったらしい。レーベル設立者はA・ライオンというユダヤ系ドイツ人の移民で、移民だからこそアメリカのジャズを「外」からの視線で芸術として評価できた。(米国内ではあまりに身近なので正しい評価が難しかった)
 あと、BLUENOTEのアルバムは、プロデューサーでもあったライオンの考えで、実は非常に作りこまれた「完成品」であった。コンセプトに沿って何度もリハーサルし、アドリブも練りこんでから本番の録音をしていたらしい。実例の曲が流れていましたが、そういえばミスもないし非常に流麗にプレイしている。ある意味ジャズの生っぽさからはちょっと離れているんですね。

 ライオンは、リハにもミュージシャンにギャラを払うという徹底っぷりで、自分のプロデュースを貫いていた。また著名なレコーディング・エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーに指示して、徹底してミドルの音域を強調した音作りをした。それは当時の黒人家庭は裕福でなく小さなスピーカーしかなかったため、それに合わせたとのこと。
 後藤氏が例としてバド・パウエルの曲を流したあと、「ほら、これってホントのところ実際のピアノの音からかけ離れているでしょ?」と言われたのは衝撃でした(w)。まあ確かにそう。だから当時の曲を今聞くとややストレンジなのは、モノラルとかレコーディング機材のせいばかりでもなく、極端な音作りの結果ということもあるらしい。ただ、“作った”ウッドベースの音もそうだけど、名盤の数々がこういう音で録音されてしまったので、それがジャズのスタンダードになってしまった面もあるとのこと。
 また移民から見たジャズなので、音の“黒人音楽っぽさ”も強調していた。

 もともとライオンはジャズマニアだったそうですが、完成品を作ってしまうあたり、完璧主義のドイツ人といえばドイツ人らしい。
 逆に超放任主義のレーベルもあったそうですが、この話はまた次回。

 季節の変わり目、皆様どうかお身体はお大事になさって下さい。(個人的には早く花粉の季節が終わって欲しい…)

ヘソマガリアン・ラプソディ

 “世間で流行っている時は見たくない”派なので、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を今頃見たよ。感想は……うーん、悪くはないが、あれほどヒットしたのはちょっと理解できない、という大体おじさん世代の共通コメント(w)。自分らは’70-80年代にリアルタイムで本物見てるから、現実はもっと格好良かったよな、って思っちゃう(それほど熱心なファンでない派からしても、そう)。普通こういうもんは実際より格好いい役者がやるもんじゃないの? まあ俳優陣も頑張ってたとは思うが、本物がぶっ飛びすぎてたか。特にフレディ役の人、たぶんあれ出っ歯の入れ歯だと思うけど、カメラが回っているときも始終口の中で位置を直しているので、なんかコントみたいだった。ここまでやることはない、という意味でちょっと可哀想ではあった。
 あと監督が途中で交代してるそうですね。映画としても焦点が絞り込めていない感じ。ライブエイドのシーンが最大の山場って、そこで終わってしまうので尻切れトンボな感じ。まあ文句は言ってますが面白かったですよ。
(クイーンを知らなかったヤングピーポー向けの映画なのかもしれん、その世代にかなりウケていたみたいだし)

 個人的にツボだったシーンは、レコーディングのところですね。時代が時代なので、録音はマルチトラックのオープンリール・テーブレコーダー。あの太い昆布みたいなやつ(w)。昔はどのスタジオにもあれが鎮座していたんですね。デジタルネイティブ世代には何かわからない人も多分いたと思う。で、巻き戻さないと「今のところもう一度……」はできないんですね、隔世の感があるなあ。あとリテイクやりすぎて音質が劣化とか、今は何度でもできるから。(スタジオがデジタル録音に対応しても、記録媒体は結構長くテープでしたね)

 あと、バンド内で揉めるシーンがあって、フレディがブライアン・メイに「おれがいなけりゃお前は天体物理学の博士で、誰も読まない論文でも書いてるんだろ」と啖呵を切るところ(笑)。今は本当に博士号を取ってるんだから、天国のフレディに見せてやりたい。
(ライブエイドのシーンで、ブライアンはVOXのギターアンプを12台くらい積んでたんですね、あれは音への拘りが見えて面白かった)

 リアルな話、’91年にフレディがエイズで亡くなった時は、突然のことで本当にびっくりした。あれで日本中が(というか世界中が)、エイズって怖い病気なんだと認識したと思います。
 しかしフレディの乱痴気パーティのシーンは見たくなかったなあ。自己破滅型ロックミュージシャンそのまんま(きっとドラッグもやっていたはず)。
 「バイシクル・レース」でアメリカ帝国をコキ下ろし→世界からロックな行動に賞賛を受ける、からの、「フラッシュ(ゴードン)のテーマ」→結局ハリウッドの金に負けとるやないか~い→みんなズッこける、っていう一連の事件は映画で触れられてなかったな、これは良かった(w)。ファンに怒られるわ。

暖かい週末の近況

 スマホで歌詞や小説を書いたりしている方がいたら、せめてタブレットにした方が効率良いし、目も悪くならないよ、ってアドバイスした方がいいんだろうか。でもタブレットも大概目が痛くなるからね(スマホよりはマシだが)。自分の場合、思いついた歌詞の断片をスマホに書いていたら、使っていたメモ帳アプリがいつの間にか配信停止、しかも誤ってデータを消すという大失態を経験したので、それ以来スマホ大の“リアル”メモ帳に書いています。
(メロディの断片も口笛で録音していたのでそいつも消えた。といっても時間が経つと「なんじゃこら?」ってのも多いですが。大抵新しく考えてる)

 リブート版のスタートレック映画見てたら、3作目で操舵士スールーの恋人(パートナー)として、ちらっと男性が出てくるんですね。つまり男同士のカップルってこと。これはオリジナルシリーズでスールー(ミスターカトー)を演じていたジョージ・タケイが近年ゲイであることを公表した影響らしいが、これにタケイは怒ってコメントを出してたんですね。余計なことをするな、自分はノーマルの男性として演じたのにとw なかなか作品愛があって素晴らしい話です。それにしてもリブート2作目後にスポックのレナード・ニモイが亡くなってるし、リブートでチェコフ役の人もなんと事故で3作目公開前に亡くなっているとのこと。新しいスポック役の人はなかなか良いと思う、ウーフラと恋人同士だが倦怠期で喧嘩。ドクターのアドバイスは「地球の女が“私が悪いの”という時は大抵男が悪い」。

 ディアンジェロの「ブラック・メサイア」を聴いている。画一的にプロダクション処理されたR&B・ブラコン音楽へのアンチテーゼですね、世間で言われている通り。近年のこの種の音楽は音質から曲調まで金太郎飴で、どれを聞いても同じに聞こえる状態なので。たぶん音質の良くないレコーダー(テープかな?)で一発録りを多様している感じ(もしProToolsなら夢がないなーw)。画一的なアレンジやミックスを拒否してあえて生々しいアーティストの肉声を残してるんだなあと思う。まあ、敢えてヒネたことをいえば、そういう処理を選択した(これも)大量生産商品なんですが。とはいえもちろんなかなか骨のある人で素晴らしい。ピカピカに磨き上げられたプロダクションミュージックではなく、隙だらけの宅録的なものが逆に受け入れられているというのは興味深い。インディーズアーティストでも、凝ったフルアレンジの曲が、シンプルなピアノの弾き語りで新たな顔を見せることだってあります。だから音楽は面白い。

年末年始の音楽番組

 紅白歌合戦少しだけ見てたけど、なんとか話題のYOASOBIのパフォーマンスを見られました。「夜に駆ける」って初めてちゃんと聞いたけど、こういう歌だったのか。ラップかと思われるくらいギッチリ歌詞を詰め込んだ、いかにも現代的な、というかモロにボカロ曲っぽいナンバーだと思った。メロについては息継ぎや歌いやすさ無視だもんね。ボーカルの人は非常に達者だったと思う、TV初出演とはいえYotubeなんかでライブみたいな動画も上げてたそうですね。あと、曲調としてはちょっと70年代洋楽の影が見えますね。もっともベースやドラムは現代ロックな感じだけど。まあ、世間ではあんまり気付かれてないようだけど、あれは「演奏のフリ」で実際は演奏してませんから…。失敗を避けることを考えたら仕方ないのかな。ボーカルは確かに生でしたよ。今後が非常に楽しみなユニットでした。

 あと、その直前に歌ってたOfficial髭男dismも見られたましたが、こっちも昔の洋楽っぽい感じがある。こちらもピアノとボーカルだけは生ですが、他はアテフリだったと思いました。こういうのNHKでは流行なのかな。(ピアノもちょっと怪しいな?)
 以上ボヤッとした感想です、妄言多謝。

 元日夜のNHK-FMの「坂本龍一ニューイヤー・スペシャル」、途中から拝聴。ちょうどスイッチ入れたら生演奏の途中だったらしく、効果音の紹介?それとも「音の風景」(お馴染みラジオ番組)かと思いました。面目次第もござらぬ。ノイズミュージックですね。調性や音程・リズムに捉われないやつ。しかし自分には難解でした。作曲家の大伴良英さんとのコラボだったのですが、そのあとの対談で、演奏中にどうしても自意識が邪魔になる、音楽的な経験から頭でつい考えてしまうから、無意識にまで持っていきたい、というお話が興味深かった。(お二人とも、作曲家と同時に演奏家でもあられるので)
 関連して坂本さんが、花鳥風月ってどうですかと大伴さんに質問。若い時は「けっ」なんて思ってたが、50歳を過ぎてからあるとき何でもない鳥の美しさにハッとした、それから身近な自然の流れを意識するようになった、とのこと。もしやノイズ音楽の理想ということでしょうか。あと一番身近な自然は人間の(自分の)身体である、というお話。
(今ようやく気付いたが、この対談自体もノイズ音楽の一種だったといえるかも。調性(統一性)とかなかったしw 深い!)

 二人目のゲストは人文学者の先生で、ベートーヴェンの第九の成り立ちと、「喜びの歌」の歌詞に衝撃的な一節がある話。「この喜びの輪に加われぬ者は泣きながら去れ」みたいな排斥の論理を叫ぶ箇所があり、これはドイツのナチズムにも関連していたのではないかという指摘(実際にフルトベングラーがナチズム下のドイツで演奏した音源が流れ、これは歴史的な名演と言われているそう)。あるいはベートーヴェンは人間社会の光と影を織り込みたかったかという、先生の指摘。

(私見ながら、第九レベルの芸術作品でしたら、あんまり表層的な解釈はしないほうが良いように思いますが。色んな解釈を許す深みがあるので)

 このあたりで時間切れでした。
 なかなか濃い年末年始でした、ってもうひとつ書こうと思っていたがまた次回。

深夜のムード歌謡

 ムード歌謡大全集みたいなCD-BOXを買ったんだけど、これを深夜にちょこちょこ聞いています、一度に3~5曲くらいづつ。いまBOXの半分くらいを聞いた。こういう時にヘッドフォンで一人静かに聞くムード歌謡の味はなかなかに格別で、実にいいんですね。上質のお酒を味わってるかのよう。
 「夜」の音楽そのもの、といえるかもしれません。以前も書いたけど本当に大人向けのPOPSだと思う、R40くらい。

 で、コンピなので様々な歌手の(アーティストというより歌手というのがしっくりくる)、様々な年代の曲が入っているわけですが。古いのはモノラル録音でたぶん60年代くらいから、新しいところでは80年代まで(このあたりが衰退期)。
 さすがにモノラル時代のものは、戦前から続く日本の歌曲系の伝統を強く感じるものが多いが、フランク永井さんの曲なんて、モノでもぐっとお洒落で洋楽っぽい。もしかしたらアレンジも含めて、当時は革命的だったかもしれません(たぶんそうですね)。山下達郎さんもフランク永井はお好きでしたね(コラボ作品まである)。
 面白いアレンジの曲もあって、おおこれは勉強になるなーとか、美しいメロや歌詞があればブックレットを見て作家さんの名前を確認したり、忙しいったらありゃしない(笑)。ちゃんと静かに集中して聴くよう心がけてはいますが。

 で、ここまで聞いた中で声を大にして言いたいのですが、八代亜紀さんの歌。続けて2曲入っていたのですが、もうその間中、ブックレット見るのも忘れてCDコンポの前で凝固ですよ。凄まじい歌唱力、なんと表現してよいか、もう深淵の表現力。通常の歌唱っていう次元じゃないですわ、この方は。完全に引き込まれてました。今頃ほんと勉強不足ですが、こんな素晴らしいボーカリストでいらしたとは。これは売れるわけですわ(w)、ファンの方々はちゃんと解ってたんだな、と。やっぱり大スターって違いますね。興味のある方は絶対CDでじっくり聞いて欲しい、配信なんかじゃ伝わらないこの表現は。

 そしてあのテレサ・テンさんの曲もありました(あの、って言っても最近は通じないかもなあ)。声質も非常に良いし少し外国訛りが入るから、エキゾチックで実にいいんですね。そしてアレンジやミックスが完全に洋楽! もうあと2歩3歩でシティポップですぜ、これ。歌詞なんかも実に深いし(もちろん一流作家の手になるもの)お洒落で儚く美しい。3曲入ってましたが、当時を思い出しつつ、今聞いても全然オッケーだな、と。(テンさんは元々アジアで大成功したあと、日本でもデビューしたんだそうですね)
 ちょっと面白いのは、ボーカルにほぼコンプを掛けないで録っているらしいこと。声のダイナミズム、息づかいがそのまま残ってる(その分、伴奏に埋もれて聞きづらい箇所もある)。たぶん歌唱を活かすのに最良だったのでしょう。

 なかなか、ムード歌謡というジャンルは奥深い。まだまだ潜れそうです。
 これが消えたことで失われた、あるいは忘れ去られた歌の世界はとても大きいと思えます。

Whatever you say, I’m not a dreamer

 人種差別問題、日本にいるとなかなか実感が湧きませんが、昔読んだ吉田ルイ子氏のルポ諸作で、黒人差別については何度も米国で問題になってきた、という話は知識としては知っていました、といってもこれも実感を持って語れるような話ではないが。ただ、自分はジャズが好きで高校時代から聞いていたので、その周辺でやはり黒人音楽の発展は差別との闘いを無くしては語れないという言説はたくさん読んだし、こちらは多少実感を持って語れますね、ジャズが素晴らしいのはもう絶対的事実なので。

(そして、これだけポピュラーになったアメリカ発のオリジナル音楽=ジャズが、本国ではなんとカウンターカルチャー扱い、という仰天するような話も知りました。ちょっとでも音楽やっている人なら、ジャズが現代の音楽理論に与えた巨大な影響はみんな知ってますよね。なんでそうなるのか。なんと根本的には差別があるからだ、というのですね)

 そもそも音楽をやっている人で人種や国境で何かを区別・差別しようという人がいることが自分には信じられませんが……。本当に関係ない、そんなことは。音楽の価値はそんなものを超えたところにある。いや、ちょっとでも音楽を深く聞くことを覚えた音楽マニアなら、既にそういう意識でしょう。
 ところがまあ、音楽家も多様性の中に生きているので、哀しいかな多少はそんな人もいることはいるのは事実ですが。全体の1%もいないのでは……0.1%くらいか?もっと少ないかもね。
 音楽は、根本的には「調和」のなかでしか響かないものなので、戦争大好きって人も当然いませんね、基本的に。平和がないと音楽は存在が難しくなる。(軍事国家の提灯持ち音楽の類は別) 例外は一部の社会派ラップかな?これも戦争というより運動・闘争だろうけど。

 あまり暴動状態にならずに、平和的に解決していってほしいものですが。アメリカは黄色人種差別、インディアン(ネイティブアメリカン)差別もあるからなあ。

(今思い出したが、『ミスター・ソウルマン』というコメディ映画で、スーパー日焼けランプで黒人になりすました白人大学生が、散々な目に遭う話。車で走ってたらセンターライン踏んだだけで警官に暴行され、牢屋にぶち込まれる。こんなの日常茶飯事という解説が載ってたが、本当だったのですね)