タグ: 洋楽

さりげない冒険的ミックス?

 例によって古い洋楽コンピのCDを仕入れて聞いていたら、またもや面白い発見。AORベストという、まあ名前からして80年代あたりの曲しか入ってないやつですわ(w)。

 クリストファー・クロス、この人は非常に美しいボーイソプラノのような歌声のアーティストでしたが、その大ヒット曲「セイリング」。アンプを通しただけのようなナチュラルな音のストラトのアルペジオが印象的な曲です。このストラトが手動ダブリング(つまり2回重ねて弾いている)なのは知っていたけど、今回じっくり聞いてみたら、大編成のストリングスがかなり面白いミックスなのに気付きました(チャンバーオケくらいの陣容)。
 だいたい定石だと、こういうストリングスはスケール感を出すために左右一杯くらいに広げて迫力を出すじゃないですか? こいつはなんと、モノラルか、ってくらいに中央に寄せてあって、これがまた曲全体のサウンドの中で非常にハマっててカッコイイんですわ。逆転の発想。
 この曲は、ちょっと内向的というか、インナーワールドな哲学的な詩の曲でもあるし、アレンジもそうなので、これはミックスした人がわかっててやったんだろうなあ。ちょっとクラシカルな感じがイイネな弦でもあります。

 こうなってくると、今時の派手なミックス処理でなくても、こういうさりげない処理だけでも(定位変えただけなので)、もう立派にアレンジの一要素だなあ、と思えてしまいます。
 これはリアルではありえない定位、逆に他の楽器、例えばドラムのタム類は定石通り派手に左右に振ってあるし。ミックスをするときはついリアルに引っ張られがちだけど、あまり固定概念に捕らわれるのも良くないなあ、と思った次第。
(リアルだと弦だけ50m位奥にいたらこういう音場になるか?w)

 今月に入って急に気温が下がってきました、年末年始お忙しい方ばかりだと思いますが、皆様もどうかお身体にはお気をつけて。

二枚目と三枚目

 この何枚目というのは歌舞伎の宣伝看板のことだったそうで、二枚目が色男、三枚目がお笑い担当の看板だったらしいですね。お前は三枚目半くらいだな、と言われそうですが、今回はそういう話ではありません。

 某シンガーソングライターさんのアルバム3枚目を聞いて気に入り、2枚目に進んだんだけど、両方とも質の高い曲ばかりで本当に感心した。偶然にこんな素晴らしい音楽に出会えるなんて、神も仏もこの世にいるな、と(w)。
 遊び心とユーモアに満ちた曲たち、悲しいはずの内容の曲でも、明るくオプティミスティックに楽しませてくれる。ポップミュージックはエンタメ、ってことを強烈に思い出させてくれます。お洒落でかわいい感じの楽曲の世界、それも作られた様式美的なものでなく、作品全体から滲み出てくる感じ、これは明らかにアーティストさんの精神世界なんでしょうね(良い音楽はみんなそう)。

 ’70~’80年代洋楽からの深い影響があって、しかして単なるフォロワーでもなく、ちゃんとJ-POPの伝統を踏まえつつ、その中で影響を消化してる感じ。このセンスの良さは抜群という他はない。
 3枚目が非常に完成度高かったので、2枚目はそこに至る実験作なのかと思ったら(曲毎にアレンジャーが変るので)、どうしてこれも面白い曲の詰まった良作でした。ただ、ここで試した可能性でクオリティが出たものを整理して、3枚目のサウンドに繋げたのだな、と続けて聞くとわかりますね。

 1曲目の詩なんかそれこそ70年代の歌謡曲の世界だし、こういう切ないのも今はなかなかないかも?しかしこれは鉄板。幽霊の曲には笑、そういうことかと、そして曲中の台詞、これも懐かしい&楽しい。3枚目の日本海溝曲にも笑いましたが(たぶんフレーズ思いついちゃったんだと思った)、まさかシリーズだったとは。

 よもや20代でここまでやるアーティストさんがいるとは。3枚目なんて全てセルフプロデュースですからね。もう参りました、というしかない。脱毛です、もとい脱帽です。ほぼ完成しつつある音楽世界、ギター女子枠から時速300kmで抜け出て、次のアルバムもとても楽しみな方。(ほら、おじさんなんかはレコーディング作品派だからさあ~)。

 例によってアーティスト名を書いてないわけですが、けしからんじゃないじゃないか、という皆様は、試しに電波を送ってみて下さい。受信できたら名前公開考えてみます。違うか。

 いやいや、冗談おいといて、このブログは数奇な事情から結構業界の大先達の方々のお目に留まっているようですが、こういう方々にこそ聞いて欲しい。プロ好み、音楽マニア好みのアーティストさんなのですわ。もちろん同年代のファンもたくさんいるが、もしプロモーションをそっち方面にやってないのなら、是非やって欲しいとさえ思います。自分くらいの年代の音楽マニアなら、これは知ったら絶対ファンになると思いますので。(これ自分が知らなかっただけで、みんな知っていたのかなあ?だとしたら不勉強を猛省)
 一ファンとして、ゆるりと応援しております。

(ヒントくらいは書いてみますか? とりあえず声はミッキーマウスかミニーマウスみたいなw そこまでじゃないか。キー高いですよ、初期の曲は低いとこギリギリで歌ってたようだ)。

ビートルズを聴いて育った世代

 「ビートルズを聴いて育った世代」の音楽を聴いて育った世代…。はい、まあずばり我々くらいの世代ですねえ。ややこしいけど、自分が高校生くらいの時は、ビートルズはリバイバルで流行ってました。といってまだ解散から10年程度しか経っていなかったが、もう古典扱いだったなあ。当時既に神格化されており、ジョンがあの時こう言ったとか、アビーロードの真実はこれだとか、色々とドヤ顔うんちくがメディアに載ってました(キミも友達に差をつけろ!的な←昭和だな)

 自分はELO(Electric Light Orchestra)という英国ロックバンドが好きだったのですが、ここの盟主ジェフ・リンも、当時そんなこと言われてなかったのに、渡米してなんとジョージ・ハリスンをプロデュースして大ヒットさせてからは、度々影響を取り沙汰されるようになった。確かにR&Bっぽいロックとシンセ+クラオケの融合という、ある種闇鍋サウンドは、最後期のビートルズに通じるものがあったかも(あるいは続いていたら…)。
 QUEENなんかも影響下ですね、どっちも英国だし。ただね、その種の言説はビートルマニアの方々が昔はよくしていたが、贔屓のひきたおし的な面もあって、「ビートルズも」聴いて育った、というのが実際は正解なような気がする(w)。

 まあ60年代洋楽ってのが特別なものだったはわかりますが…。それっぽい2枚目の白いやつが、結果についてはアーティストさんが必ずしも満足してるわけじゃなかったと聞いて、そうかと。今聞くと面白いけど、商業的に考えたら当時のリスナーは驚きますわな、それは。業界でも同じ反応だったとのこと。プロデュースは難しいなあ。

 そういやELOはシンセのサウンドセンスも抜群に良かったなあ、きらびやかな音が印象的、他のどこのバンドでも聞けなかったような音。一度音楽界がデジタルシンセショックに見舞われた時(デジタル導入期)、従来のアナログ機の音が全部古臭く感じられた時代があったのですが、そんな中でもELOの音だけは全く色褪せず。バカ売れしていたバンドなのでスタジオワークの時間は少なかったはずなのに、一体どんな魔法を使ったのか。これなんか、ビートルズに同じことをやれといっても無理でしょう(w)。5人目、あるいは6人目を召喚するしかない。
 ELOはどんな機種を使ってたっけか? ARPの名前はどっかで見たがする。あと、ブリティッシュロックバンドらしく、KORGも結構使っていたような(いぶし銀で太い音が英国の好みに合うらしい)。
 わてもシンセ教室に通って早く音を出せるようにならなくちゃ。LFO→VCO→VCF→VCA←ADSR 今度のシンセはなんと2VCOで和音が出るらしいぞ。ようやくカセットデッキでピンポン録音しなくて済む。ヤングにわからない話でごめんね。
(昔は楽器屋主催のシンセ教室がよくあったんだよなあ、もちろん購入を期待しているわけです、結構な値段だったので。今のソフトシンセじゃ値段的に合わないよなあ、全部オンラインの動画コースになるわけだw)

デモ曲追加・アジアンエスノロック

ここでまたもデモ曲追加です。

「六弦ワンダネス」

 予告してた、アジアの民族楽器をアレンジに取り入れた曲。地域はバラバラなのでちょっと闇鍋っぽいですが。今気づいたが無国籍料理っぽいな、これ。トルコのバグパイプだけは手持ちがなかったのでスコットランドから借りました(笑)。(バグパイプ類も世界に分布してるんですね、東欧にもあったと思う)

 今回はsantamayukoさんに歌って頂きました。お洒落ロックな感じの仕上り。

 例によってミックスの苦労。まず民族楽器の定位が決まらない(w)。ギターやピアノなら定石はあるが、民族楽器はサンプルなし、みんなセンターじゃ破綻するしねえ。種々試行錯誤。2mixでいい感じの音圧とダイナミクス変化(サビへの盛り上がり)が出たので、マスタリングはほぼそのまま、やっぱこれが理想。

ディスコサウンドはどこに消えたか

 古めの、しかし年代バラバラの洋楽コンピCDを聞いてたんだけど(時々良曲が見つかるので)、今回はハズレかなあと思ってあきらめかけた矢先。ロッド・スチュワートの「Da Ya Think I’m Sexy?」(邦題・アイムセクシー)が流れ始めて、懐かしいなあ大ヒット曲、と思って聞いていたのですが。

 これ、当時はロックかと思っていたが(ロックのスーパースターなので)、かなりサウンド志向でアレンジも良いし、普通に素晴らしいキレキレPOPチューンだったのですね。中学生の頃新曲で聞いて、ボーカルに変った処理をしているなあ、と思った記憶がある(笑)、凄い昔だぞ40年近く前か……調べたら1978年だって、41年前じゃん!全然古びてない驚き。

 今聞くと、あの印象的なリフで鳴っているシンセ(当時はハードしかない)は、2台を手動レイヤーしているようだ。片方はソリーナ・アンサンブル、もう片方はたぶんオーバーハイムかな?どうかな?(もしや3台?) かなり新しいサウンドメイキングだったのでは。
 そしてサビでは、Eベースにユニゾンしてやっぱりベースシンセが鳴っているんですね。刻みのエレキギターも2本あるわ、サックスまで乱入してくるわ(ソロもある)、かなり聞かせる曲でした。改めて見直した、もっと単純明快なロックのイメージだった。

 調べてみると、この曲は当時ディスコサウンドといわれていて、例によって「(売るために)ディスコなんかに魂を売った!」と欧米ではかなり批判されたらしい。ロッドは「ローリングストーンズもやっている」などと反論、意に介さなかったとか。全英・全米、そして日本でも大ヒット、この人の最大のヒット曲になったのでした。

 当時、その批判は知らなかったのですが、普通にカッコイイ曲だと捉えていました。それは今も変らないのですが、今の耳で聞くと、ビート感を(踊れるように)極度に強調した、いわゆるディスコサウンドには聞こえないんですね。こういうことは往々にして他の当時のディスコ曲にもある。

 なんでかと考えてみましたが、この時代からPOPSはビートを強調する方向にどんどん進化していて、これくらいのビート感は今は普通になってしまった、ということでしょう。むしろ今の音圧ガシガシに慣れているヤングメンは、ちょっと大人しいと感じてしまうかも。
 だからディスコサウンドやそれ系アレンジは、発展的にPOPSの中に取り入れられて普遍化してしまったということなんですね。現代の曲の直接の祖先のひとつと言えるかもしれません、EW&Fなんかもそうだけど。

 Youtubeで調べてみたら、割と最近出たDNCEというバンドのカバー曲が見つかったのですが、これは逆にかなり…ダメだった(笑)。原曲へのリスペクトがない、というかたぶん昔の曲のツボを理解してないように思える。こうなると悲惨です。(上からの指示でやらされた系か?)

 逆に最近聞いた日本のCDで、’70-80年代の洋楽や、なかんずくサンタナまでちゃんと研究して取り入れている若手アーティストさんがいて、これはリスペクトと換骨奪胎という意味ですごく良かった。わかっている人がやるのとそうでないとでは全く違う、当たり前だけど。

 まだまだ、新しい曲、そして古い曲からも、大きな発見がありそうです。でもあんまり音楽聞けなくなったなあ、制作をやっているとどうしてもね。ある程度は耳を空けてないと耳がバカになっちゃうし。といって聞いてないと刺激が貰えない。悩ましい毎日です。

(追記:どうもサビのシンセは3台ユニゾンっぽい…。しかもこれ、プロフェット5に聞こえるが、まさかと思って調べたらなんとこいつも1978年発売。ソリーナ、オーバーハイム、プロフェットのレイヤーだとしたら最強っすわ。いかに当時の音作りがセンスあったか)

面白バンド、カーペンターズ?

 久々にカーペンターズのアルバムの感想、「PASSAGE」という1977年発売オリジナル作品です。ネタバレ前に(後述)、実は「Two Sides」という曲を目当てに買ったのですが、これが大当たり。参加ミュージシャンは驚くなかれ、リー・リトナーとジェイ・グレイドン。二人ともアコギを弾いているのですが、ぐっと抑えた甘いプレイ、素晴らしいとしか言いようがない。フュージョンとAORが最も新しく勢いがあった時代の、二人のキーパーソンのツインギター。カレンの歌声も後期なので最高に深みがあり、更にもう2本Eギターがアドホックに入ってくるんですが、まあシングルカットしなかったのが不思議なくらいの曲。カントリー風のAORといえるんじゃないかな、これは。

 カーペンターズは活動拠点がLAだったので、やっぱりLAのミュージシャンと交流があったのですね。これは嬉しかったなあ、カレンもドラマーとしてもかなりの腕前だったので、全盛期の彼らをバックに歌えて相当発奮したんじゃないかな?
 とりあえずこの1曲だけでお釣りがくるので、あとのことは目を瞑ろうという気になります(……そうなんです)。


 さて、ここからネタバレですよ。知っている方は知っているんだろうけど、このアルバム、リチャード・カーペンターが悪い意味でイタズラしまくった作品で(笑)、いやほんと、とにかくヒドイ。

 実は、自分はこれを今年の1月1日に聴いたのですが、とにかく元日からとんでもない目に遭いました。思えば去年の元旦はボズ・スキャッグスの「MIDDLE MAN」を聴いていい意味で腰を抜かしたんですが、今年は悪い方(?)で……。

 まず1曲目。聞き始めたら、なんか曲の定位がおかしいのです。ステレオじゃなくモノラル、それも完全なモノじゃなく、微妙に音の広がったモノラル。完全モノならそういう曲かと思うんですが、これじゃ、あれ?おかしいな?ヘッドフォンの不良かな?となる。それで何度もプラグを抜き差しして、曲聞いてるどころじゃないですよ。
 ヘッドフォン叩いてみたり、コードをくねくねさせてみたり、それでも直らず、そうこうしているうちに1曲目が終ってしまうわけです。で、2曲目。いきなり定位が普通のステレオに戻ります。……ん?
 あっ!やりやがったな、リチャード! なんと、ミックスでわざと擬似モノラルにしていたのです! な、なんちゅうことさらすねん。元旦からプラグ抜き差しして間抜けな心配してたこっちの気持ちは? ……ということです(笑)。ね、酷いでしょ(はぁ)。

 たぶん発売時は、世界中の音楽ファンが騙されたと思います。特に当時はアメリカを中心に大型ステレオコンポブームだったので、世界のオーディオファンがスピーカーやアンプの故障かと、ケーブルの具合を見たりスイッチを入り切りしたでしょう。それで2曲目で騙されたと気付くのです(笑)。リチャード、なんちゅう悪人や。
 これで終わりかと思っていると、これがね……。

 純然たるクラシックのような、男性声楽によるワーグナー風のオペラが始まったり(さすがに後半はカレンが出てくるけど、フルオーケスラ曲)、これなんとミュージカル「エビータ」のカバーなんですね。このオケはLAフィルだそう。(Overbudget Philharmonic=予算オーバー交響楽団という酷いクレジットになっているw)

 DJがラジオでリスナーと電話していたら、なんと、相手がワレワレハウチュウジンダ、だったりして(本当にこういう曲、ドラマ風。カバー)、映画「未知との遭遇」もこの近辺の年だったかな?まあ、しっちゃかめっちゃかな内容。よく発売できたなこれ、と心底あきれる。

 歴代のアルバムの中でもアメリカではかなり売れなかったらしいけど(笑)、それまで頑張ったからA&Mもご褒美代わりだったのかも。逆にジャぱんとエゲレスでは結構売れてしまったらしい……おい変態島国いい加減にしろ(笑)。両国とも性質の悪い音楽ファン多いな、すげえわ。

 ちょっと思ったが、これはビートルズにおける「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」にあたるアルバムじゃなかろうか。カーペンターズがこんな“ふざけた”バンドだったとは、ますます自分の中の評価が高まりました。名曲だけのグループじゃないですね、音楽マニアや作曲勢の皆さんなら、ぜひ聴いて欲しい作品です。

 自分にとっては、もうビートルズに肩を並べるような大きな存在だなあ、あきらかに。
 そのビートルズも悪ふざけという面ではかなりのものだったけど、プロデューサーが行き過ぎたやつは止めたはずです、当然。カーペンターズはリチャードがプロデューサーだから止める人がいないんだこれが(笑)。今回はプロデュースとアレンジに専念、楽曲は外注またはカバーだけ、思い切ったことにしてます。
(念のため、このアルバムはカレンも共同プロデュース)。

 フルオーケトラをバックにカレンが歌う曲もあと1曲入っているので、いわゆる名曲好きな方も楽しめます。

(いやもう、ビートルズでもここまで酷いイタズラはしてないぞ… ←しつこい)

デモ曲追加・英語アコースティックPOPS

An old tired prince met a young princess. This is just a short tale of one kingdom.

“Palace Grace”

 1年以上前にミックスまで完成してたのに、英語曲ゆえ歌ってくれる人がなかなか見つからず、それで今回ようやく公開できた、曰くつきの曲。
 シンガーは、なんとウクライナ在住のArwenさん。Vocalizrというサイトで募集かけました。それまで別のところで交渉したりしてたがうまくいかなくて、最初からこうすれば良かったですわ。プチベルベットで瑞々しい感じ、まさに曲調にドンピシャ。多少メロをフェイクしたり歌詞が違ってたりするけど(w)、まあ今回は雰囲気重視なので。

 英語詩も書きましたが、今回そこで限界見えてしまった。実はネイティブに校正依頼したが、やはり押韻しても外人には奇妙な表現が出てくるようで。もし今後海外でリリースするなら、歌詞だけは誰かにお願いするしかない。

 この曲も民族楽器を入れてますが、曲のイメージとしては東欧あたりの王国のことなので、まさに地元の方に歌って頂けた恰好になります。いやー、ネットの力には今更ながら驚くばかり。もうこんな時代なんですよ。

 理論的には11thのテンションを多用して、寂寥感を演出。

 世界は広い、音楽の力は無限です。
 みなさまの安全・健康を祈念しつつ。

Wall of Sound

「Wall of Sound」について書いてみます。

 直訳すると「音の壁」ですが、要は上から下まで帯域を埋め尽くすようなみっちりとしたサウンド、ビートルズもプロデュースしたフィル・スペクターが得意としたアレンジ手法で、語源はここと言われていますね。
 ずっとこんな音じゃリスナーも疲れるかもしれないが、例えばサビのところでやると盛り上がって効果的です。ただ、フルアレンジされた曲が洋の東西で減って、ギターやピアノなど少数の楽器の組み合わせでトラックが作られるような時代なので、あまりピンと来る人はいないかもしれない。

(ひとつには、予算がなくて楽器を増やせない、という切実な事情はありそう。ならば打ち込みでやればいいよう思えますが、それは好まれないのですね、なぜか。過度の本物志向というか……実際は映画音楽などでも超リアルな打ち込みが使われてて誰も気付かないのですが。アイドル音楽なんてバックはほぼ全て打ち込みだしなあ)

 自分もこういうアレンジを好んで制作してますね、当然’70-80年代の曲はこういうタイプが多かったし。現状、予算がなくフルアレンジが減って、結果世の曲のテイストに多彩さがなくなり、それでリスナーが音楽から離れる状態になっているとしたら、哀しいなあと。もっと(生系の)打ち込みを積極的に使った曲が増えないかなあと思っています(当然、ここに制作屋が一人いますので)(笑)。

 で、まあ、その流れからいくと、世の中不景気な話ばかりではなく、中には運よくプロジェクトに予算がつくこともあるわけで、その時にどう考えるか、です。
 意地でも従来の少数の生楽器スタイルでいくか、それとも打ち込みでもいいから楽器を増やしてゴージャスにするか。
 例えば昔の曲を大切に歌ってきたアーティストさんは、新しいトラックの作成に躊躇するかもしれない。歌のイメージを壊したくない、という想いは当然だし、最大限尊重されるべきものです。もし尊重されてなかったら……それを蹴るのも一案、でも気に入らない部分を交渉で直してもらうのも一案。
 名曲のセルフカバーという扱いであれば、たぶんトラックが昔と違う解釈で書かれても、ファンは納得するんじゃないでしょうか。むしろそれはそれで喜ぶかも……今、少しそういう流れが来ているし。やっぱりPOPSがPOPSらしかった時代の曲は、今聞いても素晴らしいので。
 オリジナルが一番いいのはまず変わらないですし、ミーム(文化的遺伝子)を増やすという意味では、セルフカバーはあってもいい選択のように思います。

 ちょっと脱線したけど、結局打ち込みで作るにしろ、その曲の良さを引き出すようなアレンジでなければならないわけで、そこが発注者側としては心配なのかもしれない。わかってない人間に滅茶苦茶にされる可能性は、やっぱりある。その点昔はどのレコード会社もスタジオにアレンジャーが常駐していたりして、ストリングスやブラスも専門の演奏者がいたから、すぐにトラックを録音できて、品質が高止まりしていた。安心してWall of Soundだろうがなんだろうが制作できたというわけでしょうね。
 で、そんな心配をする位なら、いつものバンドメンバーだけの編成で安心できるアレンジにしよう、ってなってしまう。もちろんそれはそれでいいのですが、結果どの曲を聞いても似たようなアレンジばかりに、というのは音楽の可能性を狭めているような気がします。

 もっと積極的に、確信犯的に生系打ち込みを使ってサウンドメイクをしていくべき時代なんじゃないでしょうか。今のサンプリング音源はほんと芸術品といっていいレベルの品質だし。(特に欧州のデベロッパーが作る音源には素晴らしいものが多い) 
 といっていたら、もう「Bedroom Pop」という概念が出てきているようで、まあこれは長くなるのでまた今度。

YAMAHA CP80に別バージョンが

 何かの拍子にシャカタクの「Night Birds」の来日ライブがYoutubeで出てきて、懐かしくて見てました。イギリスのフュージョンバンドで、80年代に一世を風靡したグループですね、といっても世間的には前述の曲だけの一発屋状態ですが、インストバンドで一般の人まで知っているような大ヒットがあるんだから、まあとんでもない話。
(しかし、なぜインストが流行らなくなってしまったのか、本当に不思議)。

 といっても、このライブ’00年代のものですが、昔と結構グルーブ感が違うなこれ。
 まあこれはこれでいいんですけどね。

 で、Night Birdsなんで、ビル・シャープが本来ならピアノでメロを弾くんですが(念のため、吉幾三さんは別に出てきませんよw)。アコースティックピアノではなく面白い構成になっていまして。
 ここからがようやく本題(笑)で、なんとこれ、今どき往年の名機・YAMAHAのCP80でした。’70-’80年代に使われまくっていたあの電気ピアノですね、生ピアノと同じように弦が張ってあって、ピックアップで振動を拾います。アタック感の強い腰のある音なんですぐわかります。しかしデカい、重い、運搬時は二分割という、もちろん定期的にチューニングは必要だし、今世紀に入ってからは完全に絶滅したかと思ってましたが、ビル・シャープは拘りがあったんでしょうね。普通、もう電子ピアノを使うだろうから。

 これで結構すごいわと見直したんだけど(笑)、このCP80、アップになった時によく見ると、微妙に前面パネルのツマミ配置が違う。調べたら、なんとMIDI対応になってたバージョンが後期に作られていたんですね。CP80Mという品番だけど、どうもそれを使っているらしい。おお、流石やないかい。

 そして、メロだけはこのCP80Mで弾いて、その上の電子ピアノ、RolandのたぶんRD-800かその前の機種か、こいつでコード出して、その上にアナログっぽい矩形波が出せるシンセ、これはKORGだけど機種未確認、なんと日本の電子楽器メーカー3社の製品を使いまくりでした。やっぱりフュージョンは日本メーカーの力がないと成立しないよな、ってよくわかるキーボード構成ですわ。

 そんなこんなで、文句を言いつつ色々と楽しめた映像でした。
(もうYAMAHAにもCP80は補修部品はないって聞いたことがある。メンテはさぞかし大変かと。ビルシャープ兄さん、お疲れっす)

(追記:このMIDIはMIDI OUTで、要はCP80が超大型MIDI鍵盤になるというわけです)

カレン・カーペンターの悩み

 カーペンターズのことでまた興味深い記事が出てたのでメモ的に書いてみます。

カレン・カーペンター ~母に引き裂かれたスーパースター~
https://www.elle.com/jp/culture/celebphotos/g26463935/carpenters-karen-carpenter-story-as-a-working-woman-190315/

 スライドショー形式+短い文章で15ページあるのでちょっと読みにくいけど、カレン・カーペンターは母親の(今でいう)モラハラにも苦しんでいた、という面に焦点を当てた記事。(スマホで読むと切り替えが少ないので読みやすい)

 カーペンター家は敬虔なキリスト教信者一家で、特に母親は信仰心が篤く保守的であり、女は仕事なんかしないで早く家庭に入るべき、という思考の人だったらしい。カレンがあれだけ世界中で認められたのに、母だけは最後までカレンの音楽の才能をガンとして認めなかった、ということのよう。
 またドラマーとして天賦の才があったが、リチャードや周囲の人たちは、ボーカルの方により比重をおきたがり、後期はボーカル専任となっていた。これも大きなストレスだった。
 マスコミに太っちょと書かれたりした結果、拒食症となったのは周知の事実ですが、にもかかわらず激しいエクササイズを欠かさなかった、強迫観念となってたのですね。

 以前もここに書いたが、リチャードが睡眠薬中毒で入院している間、カレンは単身ニューヨークに赴いてソロアルバムを制作します。ただその出来が良いとはいえず、発売中止が決まったのと前後として、かなり年上の実業家と電撃結婚します。どうも一種のヤケッパチ結婚だったようで、これも母親の強い要望(早く結婚して家庭に入りなさい)を受け入れたからだったのですね。
 そんな訳でカレンは早く子供が欲しかったようですが、なんとこの実業家、パイプカットしており子供は作れなかったと(!)。しかも事業が上手くいっておらずカレンから1500万円も借金する始末。グループのツアーで家庭生活らしいこともほとんど出来ぬまま、1年で離婚となる寸前(カレンが離婚届にサインするその日)、カレンは衰弱して、静養中の実家で亡くなります。

 記事の最後に葬儀の写真が出てきますが、カレンの棺の横に立つリチャードの表情が痛々しい、皆沈痛な面持ちです。アメリカでも世界でも驚愕の大ニュースだったので。

 それにしても、この記事の写真にもあるが、拒食症となってからのカレンは、本当にびっくりするほど痩せていて、ひと目で健康でないとわかります。死の直前は30kg台だったそう。
 そもそも、これだけ長い間あちこちでカレンの写真を見てきたが、1枚として太っている写真というものがないんだなあ。誰が太っちょと書いたか知らないが、昔の印刷の加減で、横に引き伸ばされた写真を見て書いたのではないか?
 アメリカの芸能マスコミの口の悪さは有名らしいので、適当に書き飛ばしたのかも。それこそ1980年頃ビリー・ジョエルが言っていたことですが、エルヴィス・プレスリーもマスコミの悪口を気にしすぎて、最後は心を壊してああなってしまったと(「だから僕は一切悪口を気にしない」とか。当時の新作「グラスハウス」がロックンロールだったので、ドラッグで頭やられたとか色々言われてたもんなw)
 この頃のアーティストは(いや、今も、ですが)みな真面目で純粋だったのだよなあ、と思う。カーペンター兄妹は、日本で出版された日本語の記事さえ翻訳して読み、評判を気にしていたそうなので。

 今回また考えさせられました。(男はフラフラしていてもいいけど、女性アーティストは結婚・出産のこともあるし、色々大変だなあ、と) カレン・カーペンターは現代ではもう抽象化された大スターだけど、当時を生きた一人の女性として様々な悩みがあった。

 まあこうなってくるとやはり、カレンのソロアルバムを失敗させたプロデューサーの罪は本当に重い。これが成功していたら全てが上手くいっていたかもしれないのに。いい加減しつこいが、ため息が出ます。