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Youtubeに野呂一生さんの新曲が…

「A・RI・GA・TO」

 新型コロナで緊迫・逼迫する医療現場に捧げられた曲。

 (ネタバレの壁)

 なんとボーカル入りでした、このサプライズは流石! 初期からCASIOPEAを聞いている人なら知っていますが、野呂さんは実は歌も歌われるギタリストですからね。作詞もなさっています。でもボーカルはかなり前に封印していたと聞きました。
 このファンキーで鋭いアタックのカッティング、sweetで流麗なコード進行、そしてスムース&ジェントルなリード、どこを取っても最高です。
 ホーカルは、これはスーパーナチュラルアナログダブリング処理が施されていますね(w)。(手動トリプルトラッキングかなもしや?)

 そしてなんと今回、野呂一生さん直筆の楽譜も公開されています。→ここhttp://www.casiopea.co.jp/ARIGATO.pdf
 ここ読んでいる人なら、悪いこと言わないからダウンロードしておいた方がいいよ。このレベルのコンポーザーが自分からスコア公開してくれることなんか滅多にないから。

↓Verseのコード進行

AbM7 G7+9 | Cm7 Eb9 | AbM7 G7+9 | Cm7 Dm7+5 EbM7 Fm7 Gm7+5

 キーEbなのに、G7+9が出てくるのですね(ちょっと考えるとなぜかわかる)。
 なんか譜面まで公開されているということは、アレンジしろと言われている気がする……(電波)。しかしさすがにこれは恐れ多いですわ……。

 え?やれって?w
 今お仕事を振って貰ってそちらに全力投球してますので、それが無事終わったら熟考してみます。(このご時世に大変有難いです)
 ブロガーじゃなくて作曲家だからね。

デモ曲追加・暗褐色R&B

ここでまたデモ曲追加です。

「Beauty Bluesy」

 矛盾してますが、クロくないR&B、いわゆるなアレじゃない感じ、といってもホワイトでもない、中間色として暗褐色(アンバー)なカラーの曲。原題(?)は美人ブルースだったんだけど、まあ「美人あるある」の曲。

 今回はnashinaさんに歌って頂きました。木訥で不器用な面白い感じに仕上がりました。

 エレピみたいなビブラフォンみたいな何といえない感じの音は、チェレスタです(確かガラスリードのものだと思った)。
 今回は、2mixがかなりクリアになってしまったので、久しぶりにマスタリングでPSPのXenonを使った。音楽的な心地良い歪み感がついて良い風味にまとまりました。昔のレコードとかテープデッキの音に近い。

Mr. バンドメン

 J-POPを代表する超有名グループの特別公開ライブをYoutubeで堪能(DVD&Blurayで出ているものらしい)。鍵盤に弦やブラスまでステージにいて大変良いバンドサウンド&アンサンブルでございました。あっ、なんかボタンが一杯の楽器もありましたね(w)。でもあれは実は電子楽器なんだなぁ。

 弦の方2人は透明なパーティションで囲まれたエリアで弾いていて、結構珍しい感じでした。たぶん他のスピーカー&ドラムス等からの音の回り込みを防ぐためだと思いますが。(他のステージだと、マイクを楽器に直接取り付けていることが多いですよね)

 ギターの方がほぼ曲毎にギターを変えていて驚愕。このステージだけでたぶん楽器屋を開設できるほど。そしてバンドアンサンブルの要の尖った存在感。
 もちろん言うまでもなくリーダーのボーカルも楽曲も素晴らしいし、これは言うことなしですね。流石日本を代表するビッグアーティスト。

 そしてあの電子楽器は、たぶん4万人の前で使われたことはこれまで無かったんじゃないかと(w)。Rolandのエンジニアも技術者冥利に尽きると思います(開発はイタリアらしいけど)。1曲は生に代わっていた曲があったようですが。

 ホーン3本と一緒に実質4菅のアンサンブルで動いたり、電子楽器なのを活かして(たぶん)ディストーションをかけてギターのコードプレイと対比させるなど、アレンジの聞き所もたくさん。もちろん本来の楽器の持ち味も出してるのも多かった。いやもう、作曲やっている人間としても感動ものでした。

 やっぱりミュージシャンはステージで楽器を弾いているときが一番カッコイイし、アーティストさんは歌っている時が一番いい顔してますね。
 白熱の大熱演、引き込まれた二日間でございました。
(実はしばらくアーカイブでも見られるのであった)

Bandcampから

 某シンガーソングライターさんの新曲を拝聴。ベテランの余裕と貫禄、飾らない安定のメロディーラインと、シンプルで説得力あるアレンジ&演奏に脱帽。歌詞の中の言葉の選び方も流石のセンス。
 宅録&リモートでここまで出来るということ、これは全世界のDIYミュージシャンに心強い実例を示しているのではないでしょうか。ベッドルームポップの完成形ともいえます。ミックス&ギターバッキングも安定のハイクオリティ。
 以前にも書いたけど、これこそシンガーソングマイスターですね。ちょっと’60年代後期~’70年代初頭の洋楽の遥かなる影も見えてるかな? オクターブユニゾンのボーカルもお見事。
 音楽を知り尽くしたアーティストさんならではの、アコースティックでナチュラルな良曲でございました。

 おまけのボーナストラックも貰ったけど、あのお茶目なワン公……じゃないwお犬様は、結構鳴き声低いんですね、男前だ。もっとキャンキャンしてるのか思った。
 犬を飼ってる女性アーティストさん多いなあ、なぜか猫の方はあまり人気がない。面白い傾向です。

(追記:Bandcampって、英語だしクレカ決済だしちょっと……と思っている方へ。実はID登録なしでPaypalで買えます。クレカ登録しなくて済むので安全です)

右に見えるTV塔、左はオアシス21

 先日、とんでもなく久しぶりにラジオで松任谷(荒井)由実さんの「中央フリーウェイ」を聞いたんだけど(20年振り?)、ぬおおおこのお洒落感たまらん、ってなってすぐ配信で漁ってリピートしてました(←今更だなあw)。
 今聞くとこれって完全にシティポップですね(当時はニューミュージックの位置付けだったと思った)。メロディ&詩&ボーカルも無論素晴らしいけど(そりゃあね)、アレンジがもう筆舌に尽くしがたいほどのお洒落でたまらんですわ。無論、ご亭主の松任谷正隆さんの編曲(エレピも)ですが……(当時、お二人はまだ夫婦になられていない)。

 発表年代調べて仰天したんですが、なんと1976年だって!てっきり80年代中期のイメージでしたよ、このサウンドで70年代中期って、まあどこを取っても超絶的なセンスです……。いやもう、世間から遅れること40年、ようやく「中央フリーウェイ」の真価に気付きました(w)。
 あくまでAORじゃなくてその前段階のシティポップですね、これは(無論優劣などない)。ちょっと「クロスオーバー」のフレーバーがあって、だからいい感じにシックな味もする(クロスオーバーは後にフュージョンに進化)。

 しかし、1976年で「中央フリーウェイ」(アルバム「14番目の月」に収録)でしょ、スティーリーダンの「Aja」が1977年なので、はっきり言ってリーダン(略すな)なんて雑魚やん(w)。それは冗談にしても、完全にシティポップ/AORなんかは、日米同時進行・進化にしていたのがわかりますね。1976年のリーダンのアルバムなんて、これよりはるかに未整理で未洗練ですよ、まだ。
 だから、この系統の音楽は、海外からも物真似なんていわれる謂れも心配も全くない、日本ルーツの音楽でもあると、かねてからの持論がまた補強できました。
 そりゃあ竹内まりやさんの「プラスチック・ラブ」が海外リスナーに大ウケするわけですわ。次はこの曲の再生回数が爆発しても不思議じゃない。

 それにしても、初期のユーミンさんがシティポップでもあったとは、今回新たな発見がありました。勉強不足で代表曲以外はあまり聞いてこなかったので、今後の研究は自分の課題。(しかし他に積んでるCDも一杯あるからな~、いつになるか。もう弱気)

 なお「右はTV塔、左はオアシス21」とは名古屋セントラルパークウェイのことだぎゃ。

ハープシコードの不思議

 先日書いた曲でハープシコード音源を使ったのですが、面白いことに気付いた。あの楽器というのは、ピアノの前に発明された鍵盤楽器なので(バロック時代)、鍵盤をどんな風に弾いても、音の強弱がつかないのですね。つまりずっと同じ大きさの音。
 で、まあサンプリング音源の方も、ちゃんとそのあたりを再現していて。鍵盤を弾く強さは全く関係なく音が出ます。
 クラシックのバロック系の曲ならそれで良いのですが(インストとか)、今回は歌物だったので、このベロシティ固定はどうか、とふと思いました。やっぱり歌物なら鍵盤楽器は強弱付けたいし。

 で、音源をよく見ると、これが手回しよくベロシティ(強弱)付きのパッチも入ってました。ベロシコード、とかなんという無様な名前(w)。これは、と早速使ってみたのですが。
 結果……大失敗(笑)。あのきらびやかな音で、ベロシティが付くと、とんでもなく奇妙な感じ。具体的には、音だけハープシコード似の超ヘンテコ楽器。すぐに元のパッチに戻したよ。

 だから、人間の耳ってのは本当に優秀で、ハープシコードは強弱固定、というところまで含めて認識してるんですね。自分なんかはクラシックをそれほど聞いているわけじゃないが、明白。
 楽器というのは、制限があるからこそ楽器、そこまで含めて楽器なんですね、特に世界に広まっているものは全部そう。
 だからまたまた、今のサンプル音源は本当に優秀だなあ、と思ってしまった次第。

(正確にいうと音を大きくする方法はあって、それは打鍵に対してスイッチでオクターブ上や下の弦を重ねるって方法。オルガンと同じで8’に16’とか4’を足すってことらしいです←ボヤッとしてるな、おいw)

●おまけ

 この数日、アーティストさんのYoutubeライブやインスタライブを拝見。インスタは最初PCでライブ見られないのを知らなくて、見逃してストーリー?(録画)になってしまった。恐れ多い話ですが、生放送は人となりが見られて身近に感じられて良いっすね。でも見てる時間捻出するのがもう今の時点で限界(w)。何はともあれ流石最前線にいる方々の生演奏は素晴らしいのひとことに尽きます。もちろん普通にYoutubeの演奏動画も拝見してます。こういうのもネット完結で見られる時代になったんですねー。

Q理論: 4度堆積和音メモ書き

 今回は作曲勢の皆様にしかわからない話。

 ちょっと前ここで言っていた4度堆積和音の表記法、今書いている曲から導入してみました。「CQ」みたいなやつね。これでCから上に4度-4度のトライアド(3和音)。実音だとC-F-Bbですね。
 これは本来の表記法だと、C7sus4 omit5ですね。もし5thをomitしないで1オクターブdropすると、G-C-F-Bbになって、これが実はまた4度で、4度堆積のテトラド(4和音)になる。思った以上に4度堆積はsus4と関連が深い、面白い。
(テトラドの表記だと、この場合GQ#9というのを考えています、今のところ)

 で、細かい話は置いておいて超ザックリとした感想だけど、どうもこのQ和音はサブドミナント類といえそうな感じがする。ドミナントではないし、トニックでも勿論ない。
 というのは、従来の機能和声(普通のコード進行)の中にこいつをいれると、どうやらサブドミナントのような機能になっているんですね。その証拠に、本物のSDを連結しようとすると、機能が同じ感じでうまく進行してくれません(実表記だとFとか代理のDm)。逆にトニックやドミナントだとうまく行っています。
 そして面白いことには、これはsus4ではないんですね、構成音は同じでもきっちり4度で堆積していると、違う和音に変化してるような感じ。
 ま、これはまだ1曲書いただけのファーストインプレッションなので……。
 あと、テトラドになると、ちょっとテンションが当たっているフレーバーになる、なのでCQ#9という表記は案外良いのかも。

 とりあえず、Q理論といってるけど、衒学的に追求するつもりはさらさらなく、従来のコード理論の中で、いかに簡単に簡便に4度堆積を使うか、使えるようにするか、という超実戦的なものを目指しています。まあちょっとした理論拡張ですね。日々の作曲活動の中で便利に使えればそれで良いわけです。
 もともとコードネームが発明されたのも、クラシックの表記ではわかりにくいからと、コードを簡単に扱えるようにという意図だったはずなので。20世紀初頭のアメリカが発祥だったと何かで読んだ。(それがデューク・エリントンらのジャズの理論構築にもつながっていく)。

 最後に、Cメジャーの場合の構成音一覧:

●QUADトライアド

CQ [IQ] C-F-Bb
DQ [IIQ] D-G-C *
EQ [IIIQ] E-A-D *
FQ [IVQ] F-Bb-Eb
GQ [VQ] G-C-F *
AQ [VIQ] A-D-G *
BQ [VIIQ] B-E-A *

[*] – スケールトーンだけで構成されているもの(=ダイアトニックコード)
(つまり、CQとFQはダイアトニックコードにはならない)

●QUADテトラド

CQ#9 [IQ#9] C-F-Bb-Eb
DQ#9 [IIQ#9] D-G-C-F *
EQ#9 [IIIQ#9] E-A-D-G *
FQ#9 [IVQ#9] F-Bb-Eb-Ab
GQ#9 [VQ#9] G-C-F-Bb
AQ#9 [VIQ#9] A-D-G-C *
BQ#9 [VIIQ#9] B-E-A-D *

(今度はI IV Vが外れてしまった)

 まあ独自研究というもんでもなく、頭の体操みたいなもんですわ。

POPS=ファミレス論

 ある新曲を聴いていて思ったこと。「ああこれ、バックにストリングスとか一杯伴奏入れたいなあ……」

 シンガーソングライターの皆様が、ピアノだけ、またはギターだけで伴奏する曲を作って発表したくなる気持ちはわかります(少しの付加楽器は、この際考えない)。それだけ純粋に歌のテーマ性が浮かび上がるし、うまくハマれば非常に効果的ですからね。
 ただ、やっぱり作曲やっている人間から言わせてもらうと、より聞き易くするために(=より多くの人に聞いて貰えるように)、ちゃんとフルアレンジしてバッキング一式を付けた方が、一般的には良いんじゃないかと思うわけです。その方が、確実に発表した歌を理解して聞いてくれる方は増えるはずなので。

 ポピュラーミュージックとは、つまるところエンタメであり、料理店で例えればファミレスだと思うんですね。ファミレスの料理って、例え民族料理みたいなやつでも、ちゃんと食べ易くなっていますので。まさにアレンジです。
 ピアノやギターでのソロ伴奏曲だと、専門店になっちゃって、普通のリスナーには敷居が高くなってしまうんじゃないでしょうか。カレーも激辛専門インド料理店より、ファミレスの方が、まあ食べ易いんじゃないかと(あるいはチェーン店でも同じ)。
 自分がインストを好きだから言うのではありませんが、やっぱりフルアレンジ、+アーティストさんの歌、という形が、一番「ああ、曲を聞いたなあ」とリスナーさんに思って貰える可能性が高い。もちろん世の中には、ピアノやギターだけで聞かせる曲もありますが、普通のPOPSのメインストリームからは外れてくる感じはある。

 蛇足めいてきますが、AORってアレンジありきの音楽ですからね。スティーリー・ダンなんて、実はボーカルはそんなに達者というわけではない。だから楽器で……というわけでもないんでしょうが、自分たちの強みと弱みをよくわかっているなあ、などと聞いていて思うわけです。
 なので、どうやったら書いた曲をリスナーさんに理解してもらえるか、って戦略的なところも、特に一人でやっているアーティストさんは考えていないといけない、ということになりますね。まあそれがプロデュース、ってことになるのでしょうが。
 今回は多少の上から目線に聞こえましたら、心の底からメンゴです(w)。
 まあ世の中にはアレンジした方が映える曲もある、ってことです。

(フルアレンジどうこう書いたけど、ピアノだけ、あるいはギターだけで勝負できるようなインスト曲は除きますよ、もちろん。世の中は怖ろしいまでの表現力のプレイヤーがたくさんおられます、御存じのように。ボーカルを超える器楽演奏、正に神業です。インストで売れている方々は実はみんなそうですね)

(追記:大切なことを忘れてました。メロは大変良質でございました、そしてイントロとピアノのバッキングも良い…ので余計に)

理想のマスタリング

 ミックス後のファイル(2mix)を最終処理する工程、マスタリング。一応、正確な用語では「プリ・マスタリング」ですが。本来のマスタリングはアルバム収録曲すべてのレベルや音質を、リスナーが続けて聞いても違和感ないよう揃えるものなので。
 ただ今は配信ならバラ売りだし、だんだん区別も付ける必然性が減ってきているのは事実。(こうしてみると、コンピ盤やベスト盤は、曲ごとに色々バラバラだから、マスター作りは難しいんだろうな)

 で、プリ省略して書きますが、理想のマスタリングとは、ズバリ限りなく透明であること、でしょう。音圧を上げるにしても、できるだけ2mixのイメージやダイナミクス感を変えない。色をつけないってことです。もちろんステレオイメージも変えない。
 そんな処理で済む2mixを用意しておく、という前提がありますが。つまり、何か曲のイメージを付けたいなら、ミックスの時にやっておく。もっといえばアレンジの時に予めその辺りも考慮して作るってことですね。幸い弊社(者?)の場合は上流から下流まですべてワンストップでやってるので、こういうことが出来るのですが。これが分業だったりすると、そうはいかないけど。

 最近ますますこれは確信に変ってきてます。マスタリングの時、つい色々試してみたくなるけど、結局いつも余計なことをせず一番素直なマスター用のEQとマキシマイザーを差してそれで終り。これが一番良い結果が出る。ミックスで全てやっておけば、あとは弄るべきじゃないわけです。幸い音圧戦争もとうに終り、あまりに音圧上げた曲は歪んで聞きにくいよね、ってコンセンサンスが出来てると思います。そうするとマスタリングで2段コンプとかも、余程のことがない限り要らないんだよなあ。

 まあ、マキシマイザーの類も、色がつくようなヤツは、他のミキサーさんがやった曲で、音質を揃えたい時には要る。ただ、アナログ感を予め出した2mixに、アナログ感のあるマキシを掛けたりすると、今度は歪んで聞きづらくなるもんね。(だから手持ちの「PSP Xenon」なんか、いいプロダクトだと思うけど結局いつも出番がない)

 逆に「テラMIDI」感のある2mixやパラデータだったら、徹底的に色をつけた方が良い結果が出るんだけど。(アビーロード系のはっきり色がつくコンプやEQが良い仕事をしてくれる、そんな時は)

 ここ数日はコロナのこともあり、ますますヒキこもって音楽制作と年貢計算に精を出しています(w)。

ジミヘンのギターでトリップ?

 ふと思い立って、ジミ・ヘンドリクスの曲をYoutubeで探してみました。当時の映像はフィルムだと思いますが、デジタル修復されたのか、驚くほどクリアで発色の良いものが見つかりますね。ついでに音の方も処理されたのかなかなか良い状態。以下はそんな映像の一つ。

 これもフェスでのライブ映像らしいけど、プレイの様子がこんなに克明に見られるのはそれだけで歴史的価値があります。結構、右手だけで音を出しているフレーズがあったりしますね(左利きなので、右手はフレットを押さえる方の手)。右利き用のストラトを逆さにして強引に使うところなんか、もう60年代のカウンターカルチャーの象徴のようなもの。
 楽器が身体の一部のようになっている。インプロヴィゼーションとしても言うまでもなく素晴らしい。こんな人がドラッグのせいで若くして亡くなったのだから、本当にドラッグカルチャーというのは(生み出したものもあるにせよ)、罪深い。
 何度も書いてるけどソニー・ロリンズなんか、廃人同様のとこから復活できたのは、正に奇跡だったでしょう。(並外れてメンタルもフィジカルも、音楽への想いも強かったと思う)

 ディストーションの掛かったハイの強いストラトのソロを延々聞いていると、実はそれだけでトリップしてしまいます。60年代という時代に(自分はまだ子供だったが)何故か引き戻されてしまうのだから、音楽というのは本当に不思議です。そういえばこの人はサイケデリックでもあったのでしたっけ。だからこの衣装なのか?(w)袖が広がっていてギター弾きにくそうだ。

 ジミヘンじゃ極端ですが、こういう自分のスタイルを強固に持っている名プレイヤーに曲を書こうと思ったら(あるいは曲に参加してもらおうと思ったら)、脚本の当て書きみたいに曲も当て書きするしかなさそうですね。(あるいはソロだけまかせるか)
 こういうのはボブ・ジェームスが得意でした、スティーブ・ガッドを起用した「はげ山の一夜」なんかその典型。プレイヤーのことを熟知していなければいけない分、普通のアレンジより数段難しくなるでしょう。(当然、スティーリー・ダンの事例のように、没も出てくるはず)

 ジミヘンは、ギル・エヴァンス・オーケストラとの共演が死去により実現しなかった話が有名ですが、今回調べてみたら、それ以前にマイルス・デイヴィスとも親交があり、マイルスの自宅で行われていたセッションには何度か参加していたらしい(!)。マイルスから非常に高い評価を得ていて、2度ほど共演話があったが流れ、3度目でギルとマイルスとジミヘンでコラボする予定だったのとこと。もし実現していたら、ジャンルを超える歴史的名盤、どころかここから新しい音楽ジャンルが生まれていたかもしれません。

 ギルは、ジミは本当はジャズミュージシャンだ、彼は恥ずかしがりやだからそれを認めないだけ、と言っていたとか。

(今回、ジミヘンの顔って誰かに似ているな、と思ってしまったのですが、よく考えたら若い頃のカルロス・サンタナと似てません? 驚愕の大発見、かも?w)