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アニメ「パリピ孔明」

 TVアニメ「パリピ孔明」、各所で話題になっているようですが、今のところなかなか面白い。自分はアマゾンプライムで偶然見かけて見始めた。ストーリーの中心に音楽がある、業界物語。

 諸葛孔明が現代日本・渋谷に転生、偶然ヒロインの歌声を聞いて、専属軍師、早い話マネージャーとして彼女を売り込んで成功を目指す話。……と書くとメチャクチャだが、孔明は文人としての一面もあったそうで、三国志ネタもちょくちょく散りばめられ、毎回なかなか凝った造りです。

 このテでよくあるのはアイドルやバンド話だが、これはクラブが拠点の話で、クラブミュージックや洋楽系の曲ばかり出てきて、音楽的には非常にしっかりしていて安心して聞いてられる。萌え声ソングは出てこないので、音楽マニアが見ても面白いのではないかと思います。(音楽はエイベックス制作)

 ステージが複数ある大きなクラブのライブに出られたのに、人気歌手の当て馬にされたり、中規模フェスに出ても新人なので隅っこ……こんな困難を、孔明の卓越した知略で乗り越えてファンを増やしていく。ラップもあるよ。
 ライブの裏側や興行のリアルが垣間見えて、これは原作漫画はちゃんと取材してるな、と感じさせる。
(孔明、1話で既にブロックチェーンを理解し始めている…)

 OPはエイベックス得意の、空耳日本語歌詞の洋楽らしい。EDはmihimaru GTの「気分上々↑↑」のカバー。(原曲は今聞いても刺さるような尖った感じだけど、これは角を丸めた感じのアレンジ、アニメのEDだから)

 ヒロインが宅録で作曲するシーンもあるが、流石にMIDIキーボードやギターを弾くくらいで、DAWを操作しているシーンは今のところないようだ。

スパイ映画のリアリティ

 アマプラでダニエルクレイグ主演の現007シリーズがあるので時々見ているんですが、もう殺しのライセンスを持ったスパイが他国で大暴れ、ってストーリー自体が流石に荒唐無稽で、成立しない時代になってるんですね。派手にやりすぎて英国スパイの仕業って大抵バレて、作中でも度々外交問題になっている(汗)。それでMI6の00部門は予算縮小だ廃止だのと、国内の委員会で長官が締め上げられる始末。そもそも冷戦時代と違ってイギリススパイが他国でそこまで頑張らないといけない理由もない…。Dクレイグ自体は冷酷な殺し屋っぽくてカッコイイ役者だと思うし、毎回娯楽映画として見所があるので、見て時間損した…とはならないのですが。

 言ってしまえば作中で敵方が大抵世界の情報をハッキングで牛耳るような組織だったりして、諜報戦もアナログなやつは流行らなくなっている。余計な心配だが今後このシリーズどうなるんだろう。もうMI6に居ついた悪霊=ボンドみたいなファンタジーの設定を導入するしかないんちゃうか。ボンドに取り憑かれると人格が豹変して派手に暴れ出すのね。MやQもゴーストだな、でないと予算もこんなことに使えない。(公開中の新作だとボンドは引退しているとか)

 ミッションインポシブルの方も、敵が身内だったり元同業テロリストだったりと、冷戦時代にはなかった感じになってきてるもんね。スパイアクション映画もだんだん成立しない時代になってきました。
(映画を見まくっているわけではないのであまり言えないが、そういえば日本でスパイ映画ってほぼないですね。日本ではリアリティが無さすぎるからか)

 考えたら、世界の情報を牛耳って人々を監視している「悪の組織」って、それGAFAじゃないか。今後の007はアップルやグーグルと戦うことになるのかもね。

映画「グリーンブック」観た

 1962年アメリカ・ニューヨーク。有名クラブの用心棒トニーは、店の改装で一時解雇。そんな中、クラシックの黒人天才ピアニスト・シャーリーから依頼され、南部の最深部まで回るツアーに車で同行することに。予想通り酷い人種差別に遭いながら、雇用者・被雇用者の関係を超えて、徐々に友情を深める二人。なぜわざわざ南部で演奏するのか、その目的とは。

 典型的なロードムービーで、なかなか考えさせられる映画でした。これは実話を元にした話だそうですが、シャーリーは高学歴の上流階級、世界的ピアニストでホワイトハウスで何度も演奏したり、実際ケネディの友人でもある。住居はなんとカーネギーホールの上層階で、まさに宮殿(だが離婚して子供もなく孤独)。
 一方トニーはイタリア系で、住居はブロンクス、子供二人と夫婦仲は良く、血縁重視のお国柄らしく、いつも近所の親戚のおじさんおばさん子供が出入りしていて騒々しい。決して裕福ではないし、粗野で学もないが、人情味は溢れている。
 正反対の二人ですが、旅をしていくうちに、実はイタリア系もアメリカ南部では差別の対象であることがわかってきます。字幕だと「このイタ公め」なんて罵られるシーンが2回ある。その度にトニーは相手を殴ってしまうのですが(笑)、これだけ理不尽なら仕方ないな、と納得の展開です。

 結局シャーリーがわざわざ南部を回ったのは、苦難を超えて演奏することで人間力や音楽家の魂に磨きを掛ける目的だったのですが、ツアー最後の最高級レストランのステージで、その後演奏するというのに、黒人であることを理由に飲食を断られ(なんとトイレも使えず)、ブチ切れて契約無視で帰ってしまう。トニーは大慌てで止めるのですが彼の意思は固く……。
(6年前黒人で最初にやってきたナット・キング・コールも、難癖をつけられ客に暴行されたという、曰くつきの場所だった)

 その後二人が入った黒人OKの庶民的なレストランで、R&Bのバンドとシャーリーがジャムセッションするところは最高。ここは映画のハイライトでしょう。

 日本も全然他の国のことは言えませんが、世界的ピアニストを最高級の会場に招待しながら、黒人だからと差別はきっちりするという、本当に理解不能なことがまかり通っていたんだなあ、というのが自分の感想。
 これは1962年の話ですが、今だって残念ながらトランプみたいな奴はいるんだし、まあくわばらくわばらといったところ。(アジア系差別の話もちょっと映画で出てきて、シャーリー邸の使用人がアジア系)

 一体、今のアメリカで黒人音楽を全て止めてしまったら、どれくらい業界的なビジネスが縮小するか。5割では済まないでしょう、7-8割くらいか。ラップなんて独擅場だしね。ジャズ、R&B、ブラコンに限らず、少なくともポピュラー音楽は全て黒人音楽の影響下にあるといっても過言でない。ちょっと音楽理論を勉強するとすぐジャズの語法が出てきますしね。
 きっと差別や社会問題は、つかず離れず、考え続けることが大切、なんでしょうね。

映画「閃光のハサウェイ」観た

 つい最近の劇場公開なのに、もうアマゾンプライムで見られるようになっていた。(アマプラはガンダム関係割りと強い)
 映像の感じは、従来のガンダム作品とはかなり違い、洋画風のスタイリッシュさ。声優さんの演技も海外ドラマのアテレコ風の、ちょっと気取った感じ。ガンダムもこんなにカッコよくなっちゃって……みたいな、まあオジサンには中々感慨深いものがある。
 三部作の第1作で、主人公がモビルスーツに乗るのはほぼラストだけど、戦闘シーンはCGを意識して、パイロットから縦横無尽に飛び回る自機と敵がどう見えるか、みたいな演出を取り入れていて、スピード感も緊張感もたっぷり。なかなか楽しめました。
 しかしこれ、最低限ガンダムの1stシリーズと「逆襲のシャア」くらいは見ておかないと、全然ストーリー判らないと思う。あとはZガンダムか。長大なシリーズに成長したガンダムの欠点といえば欠点(海外ならスタートレック)。宇宙世紀正史物(=富野監督原作)からしてこれだから。

 冒頭でいきなりテロリストが地球連邦高官の乗った旅客機をハイジャックして……という展開だが、居合わせた主人公ハサウェイと連邦軍大佐(但し遊び人)ケネスが協力して撃退する。なかなかハードボイルドです。更にそこにいた不思議な娘ギギ……彼女は危険なほどの洞察力で、ハサウェイこそ連邦の追う本物のテロ集団のリーダーだと見抜いてしまう……。1stシリーズからの因縁、特権階級地球連邦と棄民にされたコロニー宇宙移民の対立。

 ケネスが洋画にありがちな量産型イケメンで、ちょっとキャラが薄い。髪を緑とか赤にした方が良かった気がする。ハサウェイも薄いので。ギギの正体は後半でわかるが、あんな目立つのにハイジャック犯にレイプとかされなくて良かった。

 意外、色々なところでリアリズム演出がされているので、実はモビルスーツの存在が浮いちゃっている。一応、後付の設定でリアリティは持たされてるんですけどね。ミノフスキー粒子効果で空飛べるとか。自分もライトなガンダムファンなので、世界設定はあんまり。
 とりあえず興行成績は良かったそうなので、ちゃんと三部作作られるんでしょうね。

(追伸 急に寒くなりました。皆様も健康にお気をつけて)

映画『ブルーノート・レコード』観た

 アマプラで出てきたので早速観てみた『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』、ドラマかと思ったらドキュメンタリーでした。言わずと知れた世界的なジャズレーベルの名門ですが、以前も書いたがドイツ移民のアルフレッド・ライオンが戦前のアメリカで設立したのですね。(映画では共同作業者としてフランシス・ウルフも登場した)

 といっても当時の関係者に綿密に取材して……という体裁ではなく、現在のブルーノートレーベルのミュージシャンやプロデューサーの証言を中心に、昔の記録(主に写真)を掘り起こして歴史を振り返っていく、という感じの映画でした。現在のブルーノートはヒップホップにも対応していて、DJとも積極的に契約して、彼らにはなんとサンプリングが「公式」に認められていたりする(w)。昔の音源が使い放題ってことですね。

 初めて知った面白い話もあって、最初期のブルーノートは本当に小じんまりとしていて、なんと録音はエンジニアのルディ・バン・ゲルダーの自宅で行なわれていた(自宅スタジオではなく自宅)。リビングを改造して壁を作って金魚鉢(コントロールルーム)にして、普通にゲルダーの両親も住んでいるんだけど、録音のときは静かにしてもらっていたらしい(w)。そこへミュージシャンが楽器を持って来てたんですね(たぶんピアノはあったんだろうが、ドラムスはどうしたのか…?)
 そのうちだんだん忙しくなるわ、バンドの人数も増えるわで、ゲルダーが自宅の隣に自費でスタジオを建てたらしい。だからブルーノートは自社スタジオというものは無かった。

 証言の中で、何度も登場するのが物凄い数のリテイクの話。20回という数字が普通に登場します。完璧主義者のライオンは、気に入るまでそのくらいのリテイクを要求し、ミュージシャンもそれに従った。絶対の信頼関係があったのでしょう。(ギャラも1回につきで払っていたはず) アートブレイキー&ジャズメッセンジャーズだったか、当時のメモを見ると27回リテイクした曲があり、採用テイクはなんと25回目。
(正直ここまでやるとアドリブもほぼ「造り」になると思う。譜面を見て演奏するのと同じ)

 現在のブルーノートの若いミュージシャンによるオールスターセッションの録音風景も映っていて、特別ゲストでハービー・ハンコックとウェイン・ショーターも参加、当然二人のインタビューもありました。
 ショーターさんはある時マイルスとフロントに立っていたら、「演奏に飽きないか?」と囁かれたらしい。「もう普通の演奏はいいだろ?(新しいことやろうぜ)」って。あと気付いたが、ハンコックさんはなんでも「いい話」にしてしまう傾向があるな。HH話法とでもいうべきものが確かに存在する(w)。
 この映画の白眉は、マイルスの物真似するショーターさんでした、こんなに面白い人だとは思わなかったですわ。

(ブルーノートもずっと磐石だったわけはなく、一度破綻しているんですね、これがなんと「サイドワインダー」が売れすぎで資金繰りが悪化……という、小出版社でもよくあるパターン。その後大手の傘下に入り、活動停止の時期もあるが、再び復活という流れ)

 初期のブルーノートは思っていたよりずっと小規模な制作体制だったので意外でした。そしてこれはむしろ、現在の宅録全盛時代を先取りしていたようなものですね。本当にゲルダーの家のリビングで録っていたのだし。
 口幅ったいですが弊社も心持ちを強くしました。

「ブルース・ブラザース」の再発見

 名作音楽コメディ映画「ブルース・ブラザース」(1980年)、最近またガッツリ見直しました。ブラックミュージック界のスターたちのパフォーマンスも素晴らしい映画ですが、意外な発見。
 なんと、作中に主人公たちを付け狙う悪役として、ネオナチが登場していたんですね、すっかり忘れていた。当時は完全な出オチのギャグキャラでしたが、今は全く同じ主張をする政治勢力がアメリカで現実の脅威として台頭しているんだから、時代は変わったというか、明らかに民主主義の劣化が進んでいるんだなあと。当時は思ってもみなかったことでしょう(トランプを見ても、現実の”ギャグ”化=リアリティショー化が進んでいる)。

 あと、ブルース・ブラザースのバックバンド、もちろん劇中で音はアテフリですが(存在しないバリトンサックスが聞こえたりねw)、それにしてはかっちり動きが合っているし、どうしてだろうと思って調べたら、スティーブ・クロッパーを始め本物の著名ミュージシャンが演じていた。ちなみに食堂で妻役のアレサ・フランクリンに突き飛ばされているギター弾きマットは、マット・マーフィで、この人も本当にブルースギタリスト。

 そして、教会の牧師に扮したジェームス・ブラウンの大迫力の説教&ライブシーン。これは本当の生収録で、撮影時に音楽も一発録りだったとのこと。流石! バックの聖歌隊にやけに目立つ女性がいるな、と思ったら、チャカ・カーンだった(笑)。

(さすがにブルースブラザースに仕事を横取りされるカントリーバンドの人達は役者さんだよな……)

 ラスト前にスティーブン・スピルバーグがチョイ役で出ていたり、なかなかに配役も面白い映画です。

(あと、主演の一人、ダン・エイクロイドは元々R&Bやブルースに造詣が深く、ブルースハープも弾くとのこと)

映画「レディ・プレイヤー1」観た

 VRゴーグル装着で遊べる超巨大ネットゲームの世界、「オアシス」を舞台にした映画。……というとよくある感じの話だろうと思われるかもしれませんが、正にその通り(w)。ただこの映画の醍醐味は臆面もない他作品からのキャラの引用、パロディというより楽屋オチみたいなことを堂々とやっていること。ハリウッド映画はもちろん日本アニメ・特撮のキャラもたくさん登場します。ネットゲームでプレイヤーがアバター(自キャラ)として使っているという設定です。
 創業者が亡くなるが、ゲーム世界で謎を解いて幾つかの鍵を集めれば、巨大産業となったゲームの運営権を相続させると発表され、世界中のプレイヤーや大企業がこぞって参戦……という、まあ宝探しのようなストーリー。(以下ネタバレ)

 最初のカーレースのシーンで、キングコングが襲ってくるんだけど、これってどこかで見たな……と思ったら任天堂のドンキーコングだった(笑)。映画「シャイニング」の世界が舞台の試練があったり、ゲーム中でアタリのゲームをプレイする試練があったりと、まあ飽きさせない。
 面白いのは、主人公のアバターをホログラムで現実に投影して、敵大企業の社長がアバターと会話するシーン。ARですな(今の技術で可能)。敵に捕まってゲーム世界で強制労働させられるヒロインが、外れないゴーグルを付けられてしまったり。小ネタが笑えます。
 主人公とヒロインがゲーム中のディスコ(死語)でデートするシーンで、ビージーズが掛かっていたりして、バブル世代はフィーバーできるぞ。

 最後の決戦シーンでは、ガンダムやメカゴジラ、春麗など色んなキャラが総出演。何にも考えずに楽しみたい時に良い映画です(w)。
 それにしても、一応実写映画のくくりだけど、映像の8割以上はCGじゃなかろうか。もうハリウッド映画もアニメなのか実写なのか区別が曖昧。そういった意味では、だんだん人間の役者も要らない方向に来てるのかもね。

映画「YESTERDAY」と音楽業界

 イギリス映画「YESTERDAY」を観た。売れないシンガーソングライターが、ビートルズが存在しない世界に飛ばれてしまい、そこでビートルズナンバーを歌って成り上がっていく話です。あらすじだけ聞くとなんだかなぁ……で、自分もあんまり期待せずに見たのですが、音楽業界のディテールやラストの決着が見事で、楽しめました。ということでその辺りを絡めて書いてみたい(以下ネタバレ)。

 主人公は本当にショボくれた感じで、多分30歳の壁の前で辞めようと思っていた矢先、ビートルズ曲のお陰でライブハウスで大ウケに。といってもそこから人気が広がるわけでもない。
 そこへ、マネージャー兼女友達が、ある男性から名刺を渡されるが、この人は自宅に小さなスタジオを持つ(たぶん)フリーのエンジニア。感動したのでぜひ手伝いたいと、そこで無料でレコーディング&ミキシングしてもらい、ビートルズ曲の詰まった自主制作CDを作る。
 そのCDをバイト先のスーパーで片っ端から客にタダで配り、ようやく少し名前が街で知られるようになる。これで自分も全国区に……という期待とは裏腹に、ローカルTVに出られるくらいで、そこでも「街の人気者」扱い。曲は超一流なのに売れないのは自分の問題だ……と落ち込むのですね。
(この時点でWebサイトもあり、そこで曲も聞けるようになっていたと思う)

 もしこのままならこれで終りですが、そこは映画なのでw、(本人役で出演の)エド・シーランがテレビを見てて、実はご近所さんで主人公の家へやってくる。なんと自分のロシアツアーの前座で歌ってくれ、という。ここから主人公の大成功物語が始まるのですが、これも前座で大ウケし、大手プロダクションのシーランの女マネが目をつけたから、なんですね。
 いくら曲が良くても、自主的に活動する限りは、まず大スターまで上り詰めることは無理、という厳しい現実が、映画のストーリーの中に巧みに組み込まれているワケ。(皆無とは言いません、実際今はあるので。いずれにせよどこかの段階でメジャーに所属するという形になると思います)

 この女マネが、LAに呼びつけた主人公に、「今からあなたに毒杯を飲ませる。飲めば名声もお金も手に入る。さあ毒杯をくれと言いなさい」と迫るんですよ(w)。(書き忘れていたが、主人公はイギリス在住、元の女マネとは告白されたが別れている)。正に悪魔の誘いだが、その意味はすぐ明らかになる。
 LAの最新鋭の設備が揃った巨大スタジオ(ほぼホール大)でのレコーディング、メディアでの大宣伝とネット先行配信のあと、いよいよCDアルバムの制作・発売。100人もの人間が出席する最高宣伝戦略会議(ほぼ洗脳セミナーのノリ)で、メディア総動員のプロモーションが決定・開催される…。まさに毒杯で、飲む覚悟がないと対処できないでしょう。巨大資金と人員を投入した活動で、大スターが「作られる」過程なわけです。むろん曲が良いのは前提だが、これでも実際は売れない人も多いわけで…。
 つまり主人公はあからさまに「商品」となり、大ビジネスの中心に据え付けられる。これが現代の音楽ビジネスなんだな、とわかる仕掛けでした。

 実はこういった世界的な大ビジネスに音楽を仕立て上げたのは、誰であろうビートルズだったと言われますね。そのあたりも製作陣は意識しているのでしょう。
 物語は、主人公の他にもいた元の世界からの迷い込み組の訪問や、意外な人物の最高に格好いいアドバイスがクライマックスとなり、実に良い落としどころへ収まります。監督は大のビートルズファンだそうで、これが描きたかったのかもしれない。
 なかなか爽やかなコメディでした、このブログの読者なら多分面白いと思いますよ。いまアマプラで見れるので、機会があれば。

(主人公は、有名になればなるほど孤独になっていく。大スターはみんなそれに耐えて音楽活動をしているわけでしょう。だから、時々心を病んでしまう人も出てくるんですね。やっぱり欧州の映画は深いな。
 あと、今は曲は十数人で書くのに(コライト→チーム作曲)、お前は一人で曲を書いているのか…と言われるシーンが面白かった)

パシフィックリムと日本語

 先日ようやく映画「パシフィック・リム」を観て、評判通り日本アニメ・漫画・特撮へのリスペクト満載で、非常に面白かったのですね。(出てくる怪獣も劇中でKAIJUと呼ばれる) 異世界から送り込まれてくる怪獣を世界が協力して巨大ロボットで駆逐するという話。ただ年々怪獣が強くなり、世界も疲弊して負け戦になっていく。というのが大まかな背景ですが、印象的なシーンがあった。
(以下ネタバレ)

 背水の陣の組織に呼び戻された、かつてのエースだった主人公ベケット。ヘリから降り立った(しょぼくれた?)彼を見て、長官と一緒に出迎えたヒロイン「森マコ」が、日本語で思わず長官に呟いてしまう。
「イメージと違う…」(I imagined him differently)
 そしたら主人公がマコを見て、「ヘイ、“違う”って?」(Better or Worse?)と日本語でやり返すんですね。日本語ペラペラだった。
 すると森マコはドギマギして、「失礼しました、あなたの話をよく聞いていたものですから」とかなんとか、あんまりフォローになってない言い訳をするわけです。二人の間に漂う気まずさと恥ずかしさ。
 どうですかこれ? まさか相手が日本語堪能とは思わなかったからだけど、この感じ、ちょっとハリウッド映画にない出会いでしょ?

 あと基地内の居住区で部屋割りがお向かい同士で、なんとなく意識しあっている二人が部屋の前で別れてドアを閉める。そのあともベケットがマコの部屋を名残り惜しそうに見ていたり、それをドアごしにのぞき穴でマコが見ているとか。
 モロに昔の日本のラブコメの設定や機敏を持ってきてるわけです。

 この世界の巨大ロボは必ず二人で操縦する設定で、主人公と森マコは組むわけですが、操縦中は精神感応で互いの心が丸裸になってしまう。それでつらい過去や心の傷もわかってしまうのですが、マコは怪獣に家族全員を殺されていた。
 二人のコンビはなかなか強力だったが、凄まじく強い鳥型怪獣が現れ、ロボットごと大気圏外まで持ち上げられてしまう。すべての武器を使いつくし、ベケットの心が折れた、その時。
 隣りの森マコが「まだよ」と、新兵器・チェーンソード(折りたたみ式)を起動!正に70年代ロボットアニメによく出てきたアレで、彼女が日本語で言うんですね。

「これは私の家族のために」(For my family!)

 次の瞬間、ソードで怪獣を一刀両断!やはり巨大ロボはこうでなくちゃ、見事勝利。
 いやー、日本語がこんなに格好いいとは思わなかった。ここまで日本アニメと特撮、そして日本語をフィーチャーしてくるとは、なかなかわかってらっしゃる監督だ(ギレルモ・デル・トロ)。
 ということで未見のかたは是非。

ヘソマガリアン・ラプソディ

 “世間で流行っている時は見たくない”派なので、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を今頃見たよ。感想は……うーん、悪くはないが、あれほどヒットしたのはちょっと理解できない、という大体おじさん世代の共通コメント(w)。自分らは’70-80年代にリアルタイムで本物見てるから、現実はもっと格好良かったよな、って思っちゃう(それほど熱心なファンでない派からしても、そう)。普通こういうもんは実際より格好いい役者がやるもんじゃないの? まあ俳優陣も頑張ってたとは思うが、本物がぶっ飛びすぎてたか。特にフレディ役の人、たぶんあれ出っ歯の入れ歯だと思うけど、カメラが回っているときも始終口の中で位置を直しているので、なんかコントみたいだった。ここまでやることはない、という意味でちょっと可哀想ではあった。
 あと監督が途中で交代してるそうですね。映画としても焦点が絞り込めていない感じ。ライブエイドのシーンが最大の山場って、そこで終わってしまうので尻切れトンボな感じ。まあ文句は言ってますが面白かったですよ。
(クイーンを知らなかったヤングピーポー向けの映画なのかもしれん、その世代にかなりウケていたみたいだし)

 個人的にツボだったシーンは、レコーディングのところですね。時代が時代なので、録音はマルチトラックのオープンリール・テーブレコーダー。あの太い昆布みたいなやつ(w)。昔はどのスタジオにもあれが鎮座していたんですね。デジタルネイティブ世代には何かわからない人も多分いたと思う。で、巻き戻さないと「今のところもう一度……」はできないんですね、隔世の感があるなあ。あとリテイクやりすぎて音質が劣化とか、今は何度でもできるから。(スタジオがデジタル録音に対応しても、記録媒体は結構長くテープでしたね)

 あと、バンド内で揉めるシーンがあって、フレディがブライアン・メイに「おれがいなけりゃお前は天体物理学の博士で、誰も読まない論文でも書いてるんだろ」と啖呵を切るところ(笑)。今は本当に博士号を取ってるんだから、天国のフレディに見せてやりたい。
(ライブエイドのシーンで、ブライアンはVOXのギターアンプを12台くらい積んでたんですね、あれは音への拘りが見えて面白かった)

 リアルな話、’91年にフレディがエイズで亡くなった時は、突然のことで本当にびっくりした。あれで日本中が(というか世界中が)、エイズって怖い病気なんだと認識したと思います。
 しかしフレディの乱痴気パーティのシーンは見たくなかったなあ。自己破滅型ロックミュージシャンそのまんま(きっとドラッグもやっていたはず)。
 「バイシクル・レース」でアメリカ帝国をコキ下ろし→世界からロックな行動に賞賛を受ける、からの、「フラッシュ(ゴードン)のテーマ」→結局ハリウッドの金に負けとるやないか~い→みんなズッこける、っていう一連の事件は映画で触れられてなかったな、これは良かった(w)。ファンに怒られるわ。