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音楽と健康

 自分は音楽始めたのがかなりいい歳からなので、あと何年曲を作っていられるかは結構意識してるんですが、それはともかく、この歳になって思うのは、健康ってつくづく大事だな、ってこと。……なんて、昔は年配の人がこんなことを言うのを聞いてケッなんて思ってたんですが(w)、自分がその歳になって、これは事実だってわかりましたよ。
 まあ音楽制作も業務としてやっていくならば、健康管理が重要なのは考えてみれば当たり前で、自分も始める前(音楽マニア時代)は、プロの楽曲制作は夜も昼もなく、猛烈に集中して徹夜してでも完成させるのが普通では……なんてイメージしていました。もちろん時間がない時はそういうのもあるようですが(往年のスタジオミュージシャンは確かにそういう感じだったと聞いた)、それでも大手スタジオは実は深夜は空き時間だったりね。ビジネスタイムはあったりした。
 インディーズで、今のDAW・宅録中心の制作だと、そんなことをやっている人はまずいないでしょう。

 これが作曲・編曲になると、確かクラシックの有名作曲家の方も、やっぱり朝起きて普通に仕事(作曲)をして夕方終り、夜はちゃんと寝て……みたいな規則正しい生活をしつつ、長年大作をいくつも書いていたって話をどこかで読んだ。決してエキセントリックに、閃き→髪振り乱して一心不乱に作曲→倒れる、みたいなサイクルではないのです(怒られるかw)。
 そういった意味では、インドアワークでもあるし、ストレッチや適度な運動も日々必要です。もちろん自分もしています。あとウォーキングね。昔はジョギングしてたけど、交通事故が怖いのとアスファルトは脚に負担(膝がすり減ってやられるらしい)なので。ウォーキングはあれでなかなか運動になるので、ぶらぶらでも早歩きでも、まあ気分次第で。

 あと、通り過ぎてわかったけど、男性40代の厄年ってのは結構当たりますね。お祓いすべきとかいう話ではなく、ちょうど身体にあちこちガタが来る時期なんです、42歳前後ってのは。気をつけてないと、これきっかけで大病なんてしたら大変ですからね。そろそろ若くないから身体を労わって……という昔の人の知恵だと思います。
(人によっては男性ホルモン等の減少でちょっと鬱っぽくなるから注意。自分も元気なかったなあ、この時代は。やっぱり抵抗力が落ちたのか、大病したし)
 これが50代になるとまたふっ切れて安定してくるんだから不思議。まあ60代になるとまたガタガタと来ると言いますが……。
 なんとなく作曲健康論(?)を書いてみました。

進化するメジャーレーベル

 少し調べることがあって、某大手レコード会社のサイトを見ていたら、なんとトップページにサブスク配信サイトのプレイリストが貼ってある。しかもかなり画面の上のほう、目立つところにウィジェットが。「春に聞きたい曲」とか「気分が明るくなる曲」みたいにテーマ別になっていました。
 もうこんな時代なのかと感心、確かにメジャーは無尽蔵に音源抱えているから、これ風のリストは幾らでも作れますね。もちろんこれらのプレイリストは大手公式です。
 本音はCDを買って欲しいのでしょうが、こうでもしないと聞いて貰えない、機会損失になっちゃう、これでパッケージ商品の販促になれば、といったところでしょうか。ちょっと見たところでは割と古めの曲が多かったようだけど。

 配信サイト別にプレイリストが作られていましたが、やっぱりウィジェットをオフィシャルで提供しているサイト、SpotifyやApple Musicが訴求力あるな。他社、例えばYoutubeなんかは、そういう仕組みがないので別窓でサイトが開く方式。なんでお金持ちGoogleがウィジェット提供しないかは謎。

 こうしてみると、レコード会社に求められる役割も時代によって変わってきているんですね。もうライブ映像商品はいうに及ばず、随分前からアニメ制作まで手がけているところもあるし。もっとも映像系も、今は配信が普及してパッケージは苦しいんじゃないかと思われる。オマケ商法で凌いでいるようですが。
 昔はたくさんあったレコード会社も、バブル崩壊後にどんどん消えて他のところに吸収合併されて、今は統廃合が終った「あと」の時代ですからね。
 昔のように新人を育成する体力を持っている会社は、少なくなっているんじゃないかと思います。
 蛇足ながら、古い音源を管理していく手間も、実は膨大だったりするんですね。特に物理媒体にレコーディングした昔の楽曲は。(で、まれにマスターテープを紛失した、焼失した、なんて事故が起こる)

 未来の商業音楽はどうなるのか、どんな形態でリスナーに聞かれるのか、そしてそれはビジネスとして成立するか……考えているとなかなか面白いテーマです。

時代の音

 NHKラジオR1を聞いていたら、80年代の曲特集が流れていて、これは休日祝日に時々ある番組ですが、ここ何日かは連続だったようです。こうやってまとめて聞くと、80年代の曲というのは本当にわかりやすい特徴がありますね。8ビートのFM音源シンセベースだったり(DX7だったりするんでしょう)、スネアにゲートリバーブを効かせた独特の「ドゥン」という音、デジタルリバーブ初期のハード的制約からくるダークな残響、ギターの歪ませ方や使い方、シンセもポリフォニックになりフィーチャーされています。こうやって書くと特徴だらけのコテコテな感じですが、当時はそんなことは意識されずに、色々なアーティストやクリエイターが時代の中でベストな楽曲を作った結果、その時代のスタイルが形成されて音のなかに映りこんでしまったわけですね。
 もちろん経済もバブルで非常に勢いがあったし、予算も潤沢で音楽業界もイケイケの活気があり、名曲が次々に生まれた時代でもあります。アイドルも全盛期、いわゆるシティポップも全盛となっていました。

 で、考えたわけです。
 50年代の音、60年代、70年代と、やはり時代の音ってのはあり、ギリ90年代もあるかなあ、その後はというと……果たして? 00年代、10年代の音ってあるのかな? ボカロやヒップホップ、ラップなんかがそのピースに当てはまっていくのかもしれないけど、時代の音、とまで言えるかというと……。さらに今2023年ですから、20年代の音というと、更に曖昧になってきます。うーん、大きな流れとしては10年代からはEDM、広義のEDMなのかもしれませんね。クラブミュージックやそれに派生するPOPSまで含む感じの。
 で、今が広義のEDM(の続き)なのだとしたら、確かに音楽作っていてそんな気はしてきてます、それがまた発展していくのが20年代なんじゃないか。それが後から振り返ったら「時代の音」になる、という予感がしないでもない。たぶんこの10年間で加わるのは、世界中でマニュアル化された音楽制作に楔を打ち込むかのような、プリミティブなシンセサイザーやサンプリング音源の使い方……かもしれません。あるいはエフェクトプロセッシングの方も含む。時代の標準的の道具を使うとそうなるはず。DAWとホームスタジオが今の音楽制作環境のスタンダードですから。そこに何かが加わるイメージ。
(生成AIについてはまだわからない。今のところ総合的には混沌? 音楽は究極の秩序、低エントロピーの芸術だから…)

 流れていく日々のなかでそんなことを考えてみました。

(追記:00年代の音、あったよ…。「音圧最終戦争の結果、グロテスクに歪んだ聞くに堪えないサウンド」。いやな時代の音だなw 多くがアーティストの責任ではなかったと思うけど。これで年代が繋がりましたね)

QUEEN – LIVE AIDの真実

 先日NHKで放映された「クイーン 21分間の奇跡 〜ライブエイドの真実〜 」を見ました。なかなか面白い話が流れていたので、記憶を頼りに書いてみる。

https://www.nhk.jp/p/anotherstories/ts/VWRZ1WWNYP/episode/te/XLJ6NXRL83/

世界中を熱狂させたライブエイドでのクイーン伝説のステージ。それはたった21分間のパフォーマンスだった!しかしクイーンはこのステージを迎える際、人気は低迷、メンバーの不仲など瀬戸際にあった。あの類いまれなパフォーマンスはいくつかの偶然とつながりの奇跡が生んだものだった。映画には描かれなかった伝説のステージのもうひとつの真実を、クイーンのメンバー、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが初めて明かす!

 まず、紹介文にも書いてある通りバンドは非常に厳しい局面だった。人気は低迷、女装MVは大不評でアメリカで放映禁止(w)、南アフリカでライブをすれば、アパルトヘイト支持と取られ社会的批判を受けた(実際は収益の一部を寄付)。

 出演依頼が来たとき、そんな事情もありメンバーの最初の会合では断る方向だった。だがブライアン・メイの証言では、その後の会合で彼自身が、純粋に音楽史上に残るイベントだから出演しようと提案、それが受け入れられたそう。
 あのパフォーマンスのために、クイーンはシアターを貸切で、3日間もみっちりリハをした。
 それが当日の伝説の演奏につながった。ボヘミアンラプソディは、普段はライブではやらない曲で、それをわざわざ一曲目に持ってきたのは作戦だった。
 当日の映像が何度も流れてましたが、なんとダイアナ妃とチャールズ皇太子も臨席していたんですね。時に1985年。

 更にショッキングな事実なんですが、実はライブエイドには当初クイーンは呼ばれない予定だったそう。それはこの運動の呼びかけ人、ボブ・ゲルドフが、クイーンを嫌いだったから(笑)。この人、ブームタウン・ラッツのボーカルだったんですね。世代としてはニューウェイブなので、クイーンのような旧世代バンドを敵視していた。ところが、プロモーターが呼ぼうと提案し、それを渋々入れたらしい。
 当日、会場で演奏を聞いて驚嘆したと、ゲルドフ本人の弁。

 最後にボヘミアンラプソディについて。歌詞の意味が色々考察されているが、フレディとデビュー時から親交のある音楽ライター氏の話では、皆考え過ぎとのこと。単に新聞で殺人事件の記事を見てそれで着想を得たんじゃないか、という。
 同じ質問をロジャーにすると、「ファ(ピー)」というお答えで、インタビュー会場は大爆笑(NHKもノリノリでピー音入れるなよw)。もう数え切れないくらい聞かれて答えたくないらしいです。
 ブライアンは、色々な解釈ができると思うが、バンドとしてはこうという決め付けはしない、という優等生的回答。

 いやー、面白い番組でした。ブライアン・メイは、当時のインタビューも流れていましたが、語り口が今と全く同じ。とても論理的で立て板に水と喋る人で、ザ・理系ですね。博士号を取る予兆は当時からあったわけだ。(今はれっきとした天文学者でもあるので)
 逆にロジャーは、考えながら短く本質的な言葉を毎回捜している感じ、正にザ・ミュージシャン。

 ブライアンの言葉で、僕らは何も名曲を作ろうとしていたわけじゃない、その時どきで(悩みながら)ベストを尽くしてきただけだ、というのが重かった。ハッとさせられましたよ。

音楽配信の裏?

 弊社Dew Ridge Recordsでの音楽配信ですが、3ヶ月遅れで毎月の曲ごとの確定回数が出ます。これはディストリビューターの機能で、ディストリがApple Musicなど配信各社と契約してて、ここを通して世界へサブスクやダウンロードで配信できる仕掛け。
(デイリーの速報値もある。この辺りは各ディストリによって機能が違う)

 で、数字を見てて気付いたのですが、回数の割りにやけに報酬額が少ない曲がある。どうもおかしい、何かの間違いかと思っていたが、3ヶ月連続でそんな具合なので、どうもこれが正しいらしい。その額、なんと他の曲の1/8-1/10。色々サブスク批判が出ていたので皆様もご存知でしょうが、元々非常に少ない報酬額ですからね。そこからさらに……とは。

 この曲にはある著しい特徴があって……演歌です。具体的には「粉雪の海」ですね。

 ここから憶測ですが、どうやらジャンルによって配信各社が報酬額を変えているんじゃないか。主要会社はどこも低いので、カルテル的なこともあるのかもしれない。びっくりですね。

 実は、昨年あたりサブスク批判がいくつか出たあと、サブスク配信報酬は、若干ですが上がった印象。喜んでいましたが、どうもマイナージャンルの報酬率を絞って、それで値上げ分を捻出したんじゃないか。完全な憶測ですが、ガメツイので有名な巨大IT各社が、儲けを減らして還元するわけがないと思う(w)。

 演歌は元々ビジネスモデルとしてCDやカセットを音源として売ることが多いので、配信はあまり関係ないとはいえ、もし自分の理解が正しいなら、随分と虐げられているなあと思う。
 こうなってくると、シンガーに申し訳ないから、ちょっともう演歌はDew Ridge Recordsでは出せないなあ。
(もちろん作曲家としてご依頼があればいくらでも書きますよ)

 もしかしたら他のマイナージャンル(民族音楽とか、民謡とか)でもそういうことがあるかも。該当ジャンルの方は、一度チェックされたほうがいいかもしれません。

 人気アーティストの還元率はかなり高く設定されているという話は聞いていましたが、まさか逆に低くなるジャンルがあるとは。世の中の裏の仕組みというのは何ともやるせない。

e-tax奮戦記

 今年の確定申告作業は、e-tax周りのことで地獄のような目に遭った。
 「やよいの青色申告」で申告書を作っているんですが、これはe-taxによるオンライン申告に対応していて、去年からやっています。ちゃんとカードリーダーもマイナンバーカードも用意して、去年は非常にスムースに終ったんですね。それで油断してた。

 今年からやよいのe-tax周りがバージョンアップして、やり方が全く変わってしまった。申告書を作り終わって、いざデータ送信の段階になって、NFC機能付きのスマホがないと送信できないシステムだと発覚。しかも対応機種は少なく、SIMフリー系はほぼ全滅……。なんでこんな仕様にした? マイナカードといえば、カードリーダーがデフォルトの読み取り方法のはず。NFCスマホがあればカードリーダーいらないだろう、という余計なお世話設計らしい。勘弁してよ~。

 今から対応スマホの準備もできないし、仕方がないので国税庁謹製のe-taxソフト(ダウンロード版)を使うことにした。
 去年はやよいから書き出したxtxデータを、WEB版e-taxで送れたんだけど、調べてみてイヤな予感的中。今年からこの方法無理。申告書類、全て手動で打ち直し……。こんなアナログ手法はイヤだ(w)、そこはデジタルでいいのに。で、結局打ち直しましたよ、やよいの画面と首っ引きで。
 この国税庁ソフトがまた曲者で、最初は何度やってもインストールが最終段階で止まってしまう。調べたら同じ症状の人のブログがたくさん見つかって、解決策も授かった。なんと、JavaのJREの32か64かどっちか、あるいは両方入ってないとダメなんだって。で、入れました。
 お役人思考で作られたソフトの操作性に泣きつつ、なんとか申請書類や関連書類を入力して、最後に送信。ここは流石にあっけなく送れた。こってり疲れました。

 まだ過渡期なんだろうけど、行政申請系の完全デジタル化はまだ遠い。デジタル化で簡単になっているはずなのに、なぜか手順は増えている(笑)。面倒にも思えるが、紙に印刷して提出するのが一番確実で速い気がする。ただ青色申告の控除が65万から55万に減ってしまいます。その辺りのエサの撒き方はさすがお役人様です。

2月の雑記

 複数のバラエティ番組で最近見た光景で、Z世代にレコードを掛けさせようという企画。まあかなりイジワルです。予想通りというか、プレイヤーのアームを垂直にグイッと持ち上げたり、レーベルの上に針を落そうとしたり、まず回転数というのがわからないらしい(w)。音楽やっている人だったらかなり知っているだろうけど。
 で、何かやらかす度にスタジオのおじさん・おばさんは絶叫なんですが、TVの前で自分も絶叫してました(w)。何が凄いって、3曲目掛けてと言われて、違う場所に針を落してそこじゃないと言われると、彼らはレコードが回っている状態で、そのまま横に平行移動しますからね(笑)。むろん「ガガガ……」と凄い音がしてスタジオ阿鼻叫喚。
 流石にディレクターに指示されたのだろうと思ったが、気付いた。彼らにとって、これは「スワイプ」なんです。違うか。

 Paypalの凄まじいバグで確定申告作業中にかなり悩んだ。世界中で使われているオンライン決済手段がこんなことでいいのか。1月中にPaypalから取得した過去の決済データCSVが、なぜか日付順じゃなくランダムだったんですね。これは過去にもあり気にしてなかった。実際、会計ソフトが自動ソートするし。ところが、データ入力が全て終り、月ごとの残高確認をしたら、全然合わない。見直していったら、なんと元の残高データがメタメタだった(w)。慌ててデータを再取得したらピッタリ合ってた。ついでに日付順だった。最初のデータは何らかの理由で不具合があったようです。決済機関なのにこの会社大丈夫か。

 ふと思い立って、オーディオI/Fのアウトをリスニング用のアンプに入れてみたら、音質はどうなるか実験してみた。I/Fは余っていたTASCAMのUS2x2。これはエントリークラスのもので、あまり使ってなかった。I/FにパソコンをつないでWAVを流すと、最初はかなり輪郭がボヤけた音で、これは使えないとなった。ただ、この時はPHONEアウトの信号だったんですね。後日LINE OUT(普通はパワードスピーカーを繋ぐところ)を繋いだら、これは驚きのクリア音質。特に低音が締まっていて、情報量も多いしまさにモニター品質。どうもPHONEアンプは品質を落としていたみたい。これなら直接WAVを鳴らしてリファレンスの一つにするのも可能だなと思い始めている。(他にも色んな環境で聞いてますよ)
 だから、エントリークラスのI/Fでも、PHONEじゃなくメインアウトの信号でヘッドフォンをドライブした方がいいかも、可能なら。

JASRAC誕生秘話

 JASRACサイトの会員エリアに、先頃面白いPDF資料が載っていて、ダウンロードして読んでました。「JASRAC80年史」という資料で、優に書籍1冊分の分量がある。元々はセミナーかなにかでの配布資料だったらしいけど、非常に出来がよく、それで公開されたらしい。(2019年版)

 ここに面白い話が載っていて、名前通りJASRACの歴史を紹介した資料なんですが、なぜJASRACが作られたか、その経緯が最初に書いてある。
 それによると、JASの前身となる団体が作られたのは戦前の1939年(昭和14年)。その理由というのが実に意外というか、なんというか…。なんと、外圧です。

 在日ドイツ人の某が、昭和6年に外国著作権管理代行団体を日本で設立した。NHKのラジオ放送や、クラシックの演奏会などで、かなり厳しい取り立てを行い、場合によっては楽譜の差し押さえまでやった。まだあまり著作権は気にされてなかった時代で、かなりの騒ぎになったようです。
 そのうち国内でも勝手に著作権団体を組織して日本の著作権業務を牛耳ろうとし始めたのですね。
 それで大問題になり、国会で急ぎ関連法案などが整備され、JASRACの前身の団体が作られた、とのこと(社団法人大日本音楽著作権協会)。

 だから、JASは誕生の段階から、日本の音楽著作権行政と深く関わっていたといえそうです。
 この資料、奥付をみると編集は日経BPになっていて、かなり信頼性の高いものといえそうです。2018年までの出来事がずらっと編年体で載っている。

 設立時の名簿を見ると、作曲家では服部正、古賀政男、古関裕而、平尾貴四男、本居長世といった名前が見えます。作詞家では西条八十、時雨音羽など。(敬称略)
 この団体が戦後の1948年(昭和23年)に社団法人日本音楽著作権協会と改名され、現在のJASRACとなります。

 余談ながら、こんな背景の組織が、一部で言われているような著作権マフィアみたいなものであるはずがない。先頃音楽教室問題で潜入調査して炎上したが、その前はロクロク調べない、と随分批判されてました。まず世間は調査して欲しいのかどうか、決めないとね。

(ちなみ、なぜ著作権使用料の請求が作曲家からでなくJASRACから来るかは、作曲家が著作権管理をJASに委託しているから。そのあたりは全部わかりやすく公式サイトに書いてありますね)

ヤフオクの変な出品

 ヤフオクで不思議な出品がおススメみたいな欄に出てきて、それが1円即決でデジタル写真を売っているんです。自分で撮影したものなら、ある意味不思議でないかもしれないが、素材に使うのも微妙な風景写真ばかり。しかも、同じ写真を何枚も出品しているにも関わらず、落札もされているし、なんじゃこれは?と思っていた。
 自分なりに、たぶん何かのライセンス的なものを、裏で(取引ナビで)渡しているのかな、と予想していた。

 ところが、意外なところで真相が判明した。ヤフーニュースの記事で、別のネット詐欺事件のコメント欄を見ていたら、なんとこれは詐欺師の「評価稼ぎ」のやり口なんだそうです。低い評価だと信用されないから、自作自演で出品・落札してダミー評価つける。それで詐欺に使用するアカウントに信用を付けるわけです。
 よくもまあこんなことまで考えるなぁ、という感じですね。もちろんこのアカウントで偽ブランド品などを販売するわけです。

 先日も、なんと少年ジャンプの過去号の偽物が10万円以上で落札され、落札者が見抜いて出品者が逮捕される事件がありました。外観も中身も非常に精巧な作りで、ただ異様に新しいためコピーだと気づいたそう。こうなってくると、絵画の贋作と変わらない世界だな。
(更にサイン色紙は偽物の温床のようです)

 音楽関係でも、スタジオ用機器などで、ビンテージ品の偽物が出ることがあるらしい。これはビンテージが異様な高額で取引されるからですね。よほど信用のおける出品者からでないと、オークションでその手のものを落札するのは避けた方が良いかも。(先日見たのは、実際のスタジオを運用されている方が、身元を完全に公開した上で、なぜこの機器を売りに出したか詳細に理由まで書いた出品。ここまでくれば安心して取引して良いわけです)
 皆様もどうぞお気をつけて。

映画「ブレードランナー2049」観た

 1982年の映画「ブレードランナー」の続編。2017年公開なので、なんと35年越しの続きになります。カルト的人気を誇った前作を見ていないと、たぶんこれだけでは意味不明のはず。人間と見分けがつかないレプリカント(生体アンドロイド)が多数暮らす世界で、脱走者を「処分」する捜査官を視点人物に据えた点では同じです。

(たまにはネタバレせずに書いてみる)

 この35年の時間の流れが(いい意味で)感じられる続編で、久々に考えさせられる映画でした。映像は徹底的に退廃的ではあるものの、奇妙に静かで美しい。退廃のもつ暴力性・暗い自己主張みたいなものは感じられない。むしろ静かに朽ち始めている廃墟、遺跡の中でじりじりと破滅に向けて暮らしているような、そんな世界(観)の映像でした。
 考えてみれば、35年前のブレードランナーは、退廃的ではあるものの、非常に猥雑で混沌のエネルギーに満ちた世界でした。あれは、今にして思えばバブル経済の世界を反映していたんですね、そうとしか言いようがない。(ちょうど同時期のアニメ「コブラ」の宇宙都市描写と相似形)
 この2049の映像は、だからラストベルト(錆付いたアメリカの工業都市群)とか、何かが終ってしまった「あと」で呆然と暮らしているような、現在の世相や世界の様相を強く反映したものといえそうです。ポスト・ポストモダンといえるかもしれません。

 興味深いのは、何度も形を変えて虚像(偽物)と実体(本物)の対比が描かれること。それは仮想とリアルの対比でもあるし、レプリカントと人間の対比でもある。
 主人公(レプリカント)はAI立体映像の女性パートナーと暮らしているのですが、彼女は愛を囁き、彼も愛を囁くものの、どこか心の底では醒めていて、それがプログラム(=虚像)の働きに過ぎないことを把握している。多分、人間への憧れからの、いわば恋人ごっこ。そのあたりも哀しい。あるいは人間に飼われている自分をシニカルに意識した戯れか。

 前作の主人公デッカード(人間)と恋人レイチェル(レプリカント)が、世界の趨勢に影響を与えるようなものを残していたことがわかります。その辺りの謎解きを縦糸に物語は進んでいきます。
 本作の主人公は、最後に(最後にも)とても人間的な行いをして目を閉じますが、彼はそれで人間に「なれた」のだろうか。そうであってほしい、と願っています。