日: 2019年1月9日

小説「カーペンターズが生まれた日」

 妹さんの名前はカレン、そして、お兄ちゃんの名前はリチャード。ごく普通の二人はごく普通にバンドを組み、ごく普通にコンテストで優勝しました。でもただひとつ違っていたのは、妹はタムを偏愛するおかしなドラマーだったのです

 1966年のある日、アメリカ合衆国カリフォルニア州、ロサンゼルス郊外の一軒家。絵本のような造りのこの家に、カーペンター兄妹は両親と暮らしていた。
 リビングのドアを勢いよく開けて入ってきたのは、妹のカレン、おてんば盛りの16歳である。
「あー、やっぱりここにいた。お兄ちゃん」
「なんだよ、いま忙しいぞ」
 そう答えたのは、兄のリチャード20歳だった。ピアノの前で譜面を広げてペンでコードを書き入れている。
「新しい曲書いてよ、曲! タムがドコドコするやつ」
「またかよ、この前書いてやっただろ」
「あんなんじゃ足りないよ、もっとドコドコするやつがいいの」
「パートごとのバランスというものがあるんだよ。わがままばかり言うな。お前はいつも曲全体が見えていない」
「むうー! ケチ」
「……睨むなよ、ブスになるぞ」
 カレンは動転した。
「は、はぁ!? も、もう! あ、あーあ、わたしもっと優しいお兄ちゃんが欲しかった! 意地悪な人じゃなく」
 そっぽを向いたカレンに、
「――ああ、ところでさあ」
 リチャードはピアノから向き直ると、打って変わって猫撫で声でいった。
「ちょっと相談したいことがあるんだが? わが親愛なる妹よ」
 満面の笑みにたじろぐカレン。
「なに!? この人どうかしちゃったの?」
「今度メジャーレーベルにデモ曲送ってみようと思うんだが」
「うん」
「それでさあ、やっぱりメジャーで勝負するには、ボーカルが要ると思うわけよ。いまおれたちインストだろ?」
「うん、そうね」
「そこでカレンさん、ボーカル担当してくれませんかね」
「えーっ? イヤだよ、ボーカルなんてしたらドラム叩けなくなるじゃん」
「こうやって、」
 リチャードはゼスチャーした。
「マイクブームを回り込ませて、口のところに持ってくれば歌いながら叩けるだろ?」
「いやだよ、ちょうどタムのところにマイクくるじゃん! タムの邪魔だよそれ」
「そこをなんとか」
「お兄ちゃんが歌えばいいんだ! 鍵盤なんだから、いくらでも歌えるじゃないの」
「やっぱりポップスなら、女性ボーカルの方がウケがいいんだよ。ぜひ可愛いカレンさんの美声をだな……」
「こんなときだけ褒めてもだめ。わたしは歌いませんからね!」
「……あー、タムがドコドコする曲書こうかな~」
「う」
「すっごくタムがドコドコして、ドラマーは気持ちいい曲なんだけどな、おしいなあ~」
「な、なによそれ、やり方が汚いわ、お兄さん」
「残念だな~」
「ちょ、ちょっと。本当に、タムがドコドコするの?」
「するよ」
「ずっと、イントロからアウトロまでドコドコする?」
「する」
 カレンの目の色が変わってきた。
「ふ、ふーん……じゃ、じゃあ、一曲だけ歌ってあげてもいいかな……。デモ曲だけだよね?」
「ああ、デモ曲だけな」
 そう言ってうなずくリチャードの顔は、まんまと妹に一杯喰わせた詐欺師の笑みであったが、まだハイスクールに通うカレンには、それが見抜けなかった。
「グループの名前は、おれたちの苗字からとって、THEがつかない『CARPENTERS』にしようと思う。音楽の”大工さん”さ」

 こうして、ポップスの歴史に名を残す兄妹デュオが生まれたのである。


 ……などという完全な作り話(笑)。実はカレンが歌うきっかけは、ベーシストのジョー・オズボーンの自宅スタジオで、リチャードがバイトで鍵盤を弾いていたとき、偶然見学にきてたカレンがジョーに勧められて、だそうです。それまで兄妹の頭の中には、カレンの歌というオプションはナッシングだったんですね。

 なんだこれ、と思われたでしょうが、カレンがタム大好きなドラマーだった、という話を読んで、ホワンホワンしてどうしても書いてみたくなり。(Youtubeを掘ると、本当にカレンがうれしそうにタムを乱打してる動画が見つかったりします)

 以上、新春お年玉スペシャル的な何か、でした。たまにはこういうのも読まされるよ、ここは。