日: 2018年7月13日

Eテレ『旅するイタリア語』での大発見

 忘れないうちに書いておきたい話。

 風呂上りの深夜、Eテレの語学番組が意外に面白くて時々眺めているんですが(大人向けの内容、ビジネス旅行実用とか)、その中で「旅するイタリア語」という番組。
 何回か見た限りでは、どうやら生徒役の男性と案内役のイタリア人(イケメン)がイタリアを実際に旅して、様々な場面でイタリア語を使いながら学ぶ、という内容。
 これがまあ、旅の行き先が観光地ばかりだから、風光明媚なシーンのオンパレード。しかもレストランで食事しいの、デザート食べえのと、なんとも羨ましい限り。使うイタリア語も「これはいくらですか?」レベルの簡単なのばかり(笑)。
 イケメン案内役(日本語も上手)がこうですよ、と言った通りに生徒役の男性が言って、ロケ先のイタリア人がそれに答えて、ハイよくできました、みたいな。
 正直これで仕事になるとは、世の中うまい話があるなあ、くらいに思ってました。

 この生徒役の方が、なかなか渋いナイスミドルの男性で、最初はカッコいいから役者さんかな?と思っていました(竹中直人似?)。毎回イタリアンファッションも決まっています。しかしそれにしては若干カメラ慣れしていない様子で、特に教えられたイタリア語をリピートするときに、なんだか少し不審な動きをするのです(w)。なんだろうなあ?と。

 いつも途中から見て途中で切ってたから、出演者チェックできず、それでつい先日、番組のホームページを見たのですよ。そしたらなんと、「バイオリニスト」の肩書が(!)。ぬおお、そうなのかと、スマホだったのでお名前までは憶えてなかったのですが、これは是非次回しっかりみようと思ってたら、すぐ翌日、深夜やってました。

 どうやら総集編らしく、「アマルフィ」(有名観光地)編の中盤。男性とイケメンが狭い坂道をぐんぐん登っています。アマルフィ、古い港街で、険しい岩山を背景にした旧公国、街には古い教会があったり、現在は観光地施設が海岸近くに集中していて、でもまあその光景って、岩山の中腹からみると、ほぼジブリアニメか世界名作劇場に出てくる欧州の街そのまんま。石造り、シック、コンパクトで美しい。まあ街並みのセンスのいいこと。
 で、岩山に張り付くように民家やホテル(これは旧修道院らしい)があって、一般の人はこの山の手に住んでるらしい。

 それはいいとして、この時男性の肩に黒いバックがあって、これはバイオリンケースが入っているのでは? ということはこれから演奏が?と、作曲勢としては超・色めきたちました。

 岩山をかなり上まで登った先にあった目的地は、ふもとのレストランで紹介された、石造りの古い小さな家。ほんと崖っぷちに張り出していて、「これ大丈夫か」と不安になる造り。
 イタリア語でイケメンが呼びかけると、出てきたのはジェシカおばあちゃん。これまたジブリ作品に出てきそうな、かわいい感じの顔くしゃくしゃな方で、歳は70後半から80、もしかしたらもっといってるかなあ? 年齢不詳です(笑)。
 イケメンが「こちらの男性はジャポネ(日本)から来たんだよ」というと「知ってるよ。ロンドンの隣りだろ?」と。全員あっはっは、となりつつ。

 家の中へ通されて、ワインをふるまわれて(昔、周辺ぶどう畑だったそう)、そのお礼にと、男性がバイオリンを取り出しました。やはり!
 このシーン、三人はバルコニーに出ているのですが、そこから見るとアマルフィ海岸の全景、街から湾のすべてが見渡せて、もうマリンブルーの大スクリーンのよう、絶景としか言いようがありません。口あんぐりですわw 二人も驚いていると、「この街はすべてあたしのものさ」などと洒落たことを言うばあちゃん。イタリアの年寄りはイカスぜ!

 で、イケメンとおばあちゃんがテーブルに座り、男性がバイオリンを弾き始めるのですが。これがもう、また筆舌に尽くしがたい、素晴らしい演奏で。何かのセレナーデのような曲かなあ、実際は2曲くらい演奏したらしいけど、たぶんラジカセの音楽をバックに、非常に優しい感じの曲を披露してました。ステファン・グラッペリというお洒落バイオリンの元祖にして最強最高の演奏家がいましたが、そちらの流れを汲むジェントルで包み込むような演奏。まさに四本の弦が奏でる魔術です。
 このアマルフィ海岸をバックにした演奏があまりにハマってて、自分も見ながら「なにこれ?なにこれ?カッコよすぎ」と。すべてが響きあい符合し、あふれんばかりのイタリアの陽光の中に、バイオリンの音色が溶け拡がってゆく。この瞬間、この時空は永遠の世界につながりました。

 ジェシカおばあちゃんも、目をうるませ、何度も頷き、顔をくしゃくしゃにして喜んでいるんですね(お年寄りは嬉しい時万国共通の顔w)。イケメン氏はもっと大変で、あまりに音楽に入り込んでしまい、茫然としています。頬には涙の跡も(本人それに気づいてない様子)。
 で、演奏が終わって、ありがとう、みたいに終わるのですが、それからが大変。主にイケメンが(笑)。後ろを向いて涙を何度も拭うのですが、感動のあまり番組どころではない様子。
 家の中に戻ってからも、「どうしよう、涙が止まらない」と。それをおばあちゃんが、本当に素晴らしい演奏だったね、「Tanto, Tanto」と慰めるように言うのですが、この時の視線がまた優しくてね。息子か孫くらいの歳だろうしなあ。
 語学番組でこんな素晴らしい演奏が聴けるなんて思ってもみなかったので、本当に仰天ものでした。

 白状すると、自分も泣いてました(笑)。番組のナレによると、カメラさんも音声さんも泣いてたそう。オイそこにいた全員泣いてるよ! まあ少しでも音楽がわかる人なら、これはそうなります、それほどの演奏です。「なんじゃこりゃあ!」(c)松田優作、映画化決定! てかもう映画そのものですよ、「アマルフィのバイオリン弾き」。

 で、慌てて番組ページを見てお名前を確認しました。バイオリニスト「古澤巌」氏。不勉強で存じ上げておらず恥じ入るばかりですが、調べてみると日本を代表するような大ベテランです。経歴ものすごいですよ、もちろん何度も洋行されてるし、クラシックからポップスの分野まで幅広く精力的に活動されています。
 むろんメジャーでCDも出されています。レーベルは葉加瀬太郎主宰のHATSレコード、なんと自分の好きな「カシオペア3rd」と同じ。HATSは現代日本音楽界の良心か? これは早速聞かねばなるまい、と。

 HATSサイトのプロフィールによると、大学時代に葉加瀬氏と一緒にジプシー音楽バンドをやっていた。しかも欧州時代に、誰であろう、さっき書いたステファン・グラッペリとミニアルバムをレコーディングしたって。えええ?いや、ええええ!?(しかもこれ、ラストレコーディングだったらしい…)。そんな日本人がいたとは……というレベルの経歴です。まあ絶句です。そりゃあ、演奏がものすごいはずですわ。伝説のグラッペリ直伝ではないですか。オソロシイ…。

 こんな音楽家が現代日本にいたとは、って自分が知らなかっただけだけど、日本という国は実は音楽環境は大変良い国なんですね、今でも。いわゆる商業音楽・流行歌のメジャーがダメになっただけで、それ以外は全くレベルは落ちてない。それどころか……って話ですわ。

 蛇足ながら、古澤氏は、やけにダンディだと思ったら俳優業もやられていて、NHKの大河ドラマにも出演されてたそうw そして、イタリア語をリピートする時の不審な動きの正体もわかりました、あれはバイオリンを演奏している時のステップと同じでした。つまり音楽を奏でるかのように、イタリア語を喋っていたんですね。カッケエ人はどこまでもカッケエのだなあ。

 大変勉強になった番組でした(同じ番組で、もう放送済だけど、イタリアのバイオリン工房を訪れた回もあったらしい。見たかったなあ)